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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第32章

第580回

 シャルロットが次に右手の痛みを感じたのは、金曜日の午前の授業中のことだった。
 英語教師のチャールズ=マクドウェルは、いつものように授業の始めに書取をさせた。彼は、歩きながら問題を読み上げた。彼は、授業中、教壇にずっと立っていない。教室中を歩き回るのが彼のスタイルである。そして、決してフランス語を話さない。
 最初の問題を読み上げた後、彼は一番前の席に座っていた少年たちの答案をのぞき込んだ。そして、英語で言った。
「ミスター=ド=フランス、<ひとりで>の綴りは<aloon>じゃありません。ミスター=ロッシ、あなたはよく書けています」彼は横に歩いた。そして、シャルロットの前に来ると、彼の顔がくもった。
 シャルロットは、ノートに一文字も書いていなかった。ペンを握るのがやっとで、書くことができなかったからである。
「・・・ミス=シャーロット(彼は、チャルトルィスカと言いにくかったらしく、いつの間にか努力を放棄していた)、あなたらしくもありませんね。今日の問題は、あなたなら、目を閉じたままでも書けるようなものじゃないですか?」
 シャルロットは英語でささやくように言った。「・・・書けないんです・・・」
 彼はその言葉を曲解した。「信じられませんね!」
 そして、彼は隣の席のバルバラ=ヴィエニャフスカの答案を見た。「ミス=バーバラ、<pudding>ではありませんよ・・・」
 まわりからくすくす笑いが聞こえ、バルバラは思わず赤くなった。
 彼は黒板に戻り、今の書取の答えを書き始めた。
 クラスの人たちは、まもなく、今の会話のことを忘れた。
 その日の昼休み、シャルロットはエリザベート=ド=ノールマンと食堂に向かっていた。かの女たちが一緒だったのは、たまたま午後の最初の選択授業が一緒だったからである。そして、かの女たちの後ろからギュンター=ブレンデルとシュテファン=フォン=シュタウフェンベルクが歩いていた。
 シャルロットたちは掲示板の前で止まった。
「あら、<全フランス>の出場者が決まったみたいね」エリザベートが言った。
「そういうこともいちいち掲示するの?」シャルロットが訊ねた。
「そうよ」エリザベートは、あたりまえでしょ、と言わんばかりの口調で答えた。「・・・学校代表は2名。アンドレ=キュヴィエとアレクシス=ボーモンよ。あの二人が<派遣コンクール>で選ばれたことはみんな知っているわ」
「<派遣コンクール>?」
「つまり、学校代表でコンクールに参加する人を選ぶの。ピアノの場合は、対象になるコンクールは二つ。12月に開かれる<全国青少年ピアノ=コンクール>略して<全フランス>、そしてもう一つは3月にある<グルノーブル=ジュネス=コンクール>略して<ジュネス>よ」
「じゃ、事実上、予選の予選ね?」シャルロットが言った。
「ところが、そうとも言えないの」エリザベートが答えた。「まず、派遣コンクールは参加申し込み締め切りの前に行うでしょう。つまり、じっくり時間をかけて曲を仕上げる人には不向きなの。それに、今回は、派遣コンクールには、初めからあの二人しか参加していないの。だから、みんな言っているわ。今回は、学校代表以外の生徒のほうが活躍できるんじゃないか、ってね」
「学校代表以外、って、わたしとマルフェしかいないけど・・・?」シャルロットは掲示板を見ながら言った。
「そう、あなたたち二人」エリザベートはにやりとした。「校内で、今、最も期待されているピアニストたちよ」
「あら。わたしは、あなたやドリーの方がピアノが上手だと思うけど・・・?」
 シャルロットの言葉に、エリザベートの表情が硬くなった。
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