FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第32章

第583回

 次の木曜日、シャルロットは<きづたの家>を訪ねた。
 かの女は、二人の<所長代理>たちに手のことを相談した。
 ブリューノ=マルローは、手を診察したあと、こう言った。
「・・・どうしてこんなに悪くなるまで、ほうっておいたのですか?」
「もう、治らないの?」シャルロットは訊ねかえした。
「ほかの医者の意見も聞いてみないと何とも言えないけど」マルローは顔をしかめた。「今なら、たぶん、よくなると思います。まず、右手を使わないこと。そして、使っても、字を書く程度にすること・・・」
「ピアノを弾いては、いけない?」
 マルローは驚いた。「とんでもない! もっとも、弾きたくても弾けないでしょう、その手では?」
「わたしは、弾きたいんです」シャルロットが言った。
 二人はあきれたようにシャルロットを見つめた。
「わたしは、ピアノ=コンクールに出たいんです」
「何のためにですか? 有名になりたいんですか? ロッティさま、あなたは、そんなものと自分の手を取り換えるつもりなんですか?」マルローが容赦なく言った。
 シャルロットは思わず下を向いた。
「何もそこまで言わなくても・・・」ダルベールが口を出した。彼は、昔からシャルロットに弱かった。かの女がどんなわがままを言っても、嫌な顔もせずに聞いてやったものだ。
「きみはロッティさまに甘すぎるんだ、アンブロワーズ。もし、かの女の手が動かなくなったら、どう責任を取るつもりなんだい?」
「責任は、自分で取ります、ドクトゥール=マルロー」シャルロットが答えた。「わたし、ドンニィに負けたくないのよ」
 二人は口論をやめ、シャルロットの方を向いた。
「・・・じゃ、あなたは、プティ=ドンニィに勝つためだったら、たとえ右手を失っても後悔しないというんですね?」ダルベールはあきれたように言った。
「ええ、そうです」
「でも、その手では、勝てるかどうかだってわからないでしょう?」
「それでもかまわないわ。ユーフラジー=ド=ラ=ブリュショルリーは、手を失うまではピアニストであり続けるのよ」
 ダルベールはその返事を聞き、考え込んだ。そして、こう言った。「・・・まるで、少年時代のフレディみたいですね」
「フレディ・・・?」
「アルフレッド=ド=グーロワールですよ」ダルベールが答えた。「彼は、ある赤毛の少年を憎んでいました」
「待って! わたしは、ドンニィを憎んでいるわけでは・・・」シャルロットが口をはさんだ。
「彼は、その少年に勝つために、コンクールに出たのです。その結果がどうだったか、あなたはすでにおわかりですよね」ダルベールはシャルロットを無視して続けた。「亡くなったドクトゥールは、昔、あなたにピアノを教えまいとしました。彼は、幼いあなたに憎しみを教えたくない、だから音楽はさせない、と言っていたのです。でも、あなたは、そんな彼を裏切ってコリーヌ=コンソナンスへ行きましたよね」
「・・・どうして、そんな古いことを持ち出すの?」シャルロットは泣きそうになった。
「あなたとドンニィはいとこ同士だった。彼は、あなたたちには争って欲しくなかったのです。でも、あなたが今していることは、争いでないのなら、いったい何ですか?」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ