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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第1章

第6回

 後の人間は、フランソワーズ=ド=ラヴェルダンを「名教師」だと評価することになるのだが、かの女は作曲家として音楽人生をスタートさせた。
 かの女は、セザール=メランベルジェと出会ってすぐ音楽院を退学し、彼に弟子入りした。
 ちょうどそのころが、師メランベルジェの作曲家としての黄金時代のはじまりだった。
 メランベルジェは、音楽院のオルガン教師を辞め、自分の思い通りの音楽を作曲することに専念することができるようになったのがこのころである。もっとも、その評判を聞きつけて勝手に押しかけてくる弟子たちの世話もあったのだから、「専念」という言葉は必ずしもあたらないかもしれない。が、ぜんそくという持病を持っている彼にしては、のちに「精力的な15年」と呼ばれるくらい精力的な活動を行っていた。後に、彼の代表的な弟子、と呼ばれる人たちのほとんどが、この時期に弟子入りした人たちである。
 彼の弟子の中で「双璧」と呼ばれるのが、ベルナール=ルブランとその親友エドゥワール=ロジェであった。ルブランとロジェは、小学校時代からの友人で、同じような境遇の持ち主だった。ルブランが父親の命令で弁護士になるため法律の勉強をしなければならなかったのと同じように、ロジェも親のあとを継いで医者にならなければならないことになっていた。大学を卒業して医者の資格を取ってから、父親はロジェにやっと音楽の道に進むことを許した。ルブランは、それより前に弁護士の資格を取って両親の元を去っていた。その友人を、ルブランは自分の師のもとに連れて行ったのだった。
 二人は、フランス音楽の将来を真面目に考えていた。
 当時、プロイセンとの戦争に負けたフランス人は、「フランス独自の音楽を」と考えていた。
 しかし、二人はあえて「ベートーヴェン」に戻ったのである。流行のワーグナー風の和声ではなく、ベートーヴェンの和声こそ普遍的なものだと考えたのである。「フランス人だけではなく、世界に通用する音楽を!」というのが彼らのスローガンだった。そして、メランベルジェの弟子たちは、彼らに賛同してグループを作ろうとしていたのである。
 そのグループは、「マルタン派」と呼ばれるようになった。そして、その構成員は「マルティニスト」と呼ばれた。
 その名称は、彼ら自身が名乗ったものではない。むしろ、彼らに反対する人たちが、軽蔑の意味を込めて言い出したのが最初だと言われている。「マルタン」というのは、メランベルジェがオルガニストをしているちいさな教会(聖マルタン教会)に由来する名前である。が、その名前が有名になるに連れて、マルティニストたち自身も誇りを持ってマルタン派を名乗るようになったのである。そればかりではなく、ほぼ全員が聖マルタン教会の教区内に居を構えるようになったのだった。毎週日曜日、師が演奏するオルガンを聞くためである。弟子たちにとっては、師がみずから即興演奏をするのを聞くチャンスであった。
 フランソワーズ=ド=ラヴェルダンは、こうして師とともに15年過ごすことになる。
 のちになって、「人生最高の日々」と回想する日々であった。
 サン=マルタン教会の老オルガニストにとっては、一番古くからそばにいるクリスティアン=ベローと4歳のクラリス=ド=ヴェルモンの間にまったく区別はなかった。彼の興味は、相手がいかに自分を必要としているか・・・だけだった。助言を求めるものがいれば、自分の作曲は後回しにしてでも、何時間でも相手につきあえるような人間だった。
 師がそういう人間だったので、弟子たちの方は、自分が一番かわいがってもらっている、と思っていた。
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