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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第34章

第615回

 翌日、教室に最初に入ってきたのは、いつものようにフランソワ=ジュメールとウラジーミル=ミチューリンの二人組だった。二人は、いつものように教室の横にある連絡用の小さな黒板に日付を書こうとして、とんでもないものを目にした。
 それは、白いペンキで描かれた猫の絵だった。その猫は、どことなくラザール=ドランドに似ていた。表情が彼そっくりで、彼と同じ鼻眼鏡をかけていた。ただ、実物よりも太っていて、着ているフロックコートがいやに窮屈そうだった。絵の下に丁寧な字で<ラザール=ドランド、またの名を歩くビア樽>と説明書きがあった。
 二人は顔を見合わせ、どちらともなく笑い出した。
「・・・書いたのは、きみか?」フランソワが訊ねた。「これは、きみの字によく似ている」
 ウラジーミルはあきれたようにフランソワを見た。「悪いが、ぼくじゃない。ぼくに絵の才能がないことは、きみだって知っているはずだ」
 そう言いながら、彼は絵に近づいた。「・・・いや、これは、女性の字だな。線が柔らかい」
「だが、この字体は、きみの筆跡によく似ている。もしかすると、プティタンジュとかシレーヌが書いたのか?」フランソワが疑問を口にした。
「かの女たちじゃないよ。シレーヌは絵が上手じゃない。それに、プティタンジュは、右手が使えない」
 フランソワは苦笑した。「きみは、こんなときでも、論理的に話そうとするんだね、ディスポ?」
 そう言うと、フランソワは真面目な顔になった。「もしかすると、誰かが意図的にプティタンジュを陥れようとしたのかもしれない」
「どうしてそう思うの?」
「かの女の手は、まだ治っていない。でも、あの字をまねるのは不可能に近い。ロシア語を日常的に読み書きしていた人間がフランス語を書いた・・・そういう字体を書く人間は、このクラスには、きみとかの女しかいない。でも、きみには敵はいない。だが・・・」フランソワは、くるりと振り返り、コルネリウスの机を見つめた。
 ウラジーミルは彼の視線を追って、首を横に振った。「考えすぎだよ、アンシャン」
「ほかに誰がいるというんだ?」フランソワはいらいらしたような口調で言った。
 そのとき、シャルロットが教室に現われた。かの女は二人に挨拶しようとして、二人が難しい顔をしているのに気がついた。教室に入り、その原因がわかった。
「あなたたちが、これを描いたの?」シャルロットが訊ねた。
「まさか。ぼくたちは、きみが描いたんだとばかり思っていた」ウラジーミルがわざとそう言った。
 シャルロットは目を丸くした。「わたしが? 無理よ。わたしは、まだ右手が使えないのよ。それに、この字は、わたしの筆跡をまねようとしているけど、わたしの字とは違うわ。それにしても、よく似ているわね・・・わたしの字にも、ドランド先生にも」
 次々に人が集まってきて、みな一様に絵の前で笑い出した。
 ただ一人、コルネリウス=ド=ヴェルクルーズの反応だけは違った。彼は絵を見るなり、真っ青になってシャルロットに抗議した。
「プティタンジュ、どういうつもり、こんなことをするなんて?」
 シャルロットは驚いた。「マルフェ、わたしじゃないわ。わたしは、まだ右手が使えないのよ」
 二人がこんな会話をしているとき、続いて教室に入ってきたサルヴァドール=クートンも絵を見て青ざめた。
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