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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第34章

第621回

 翌日の木曜日、シャルロットは<きづたの家>に行った。
 診察のあと、ドクトゥール=マルローは、シャルロットに手を動かしてみるように言った。
「・・・どうですか、痛みますか?」ドクトゥール=ダルベールが緊張した表情で訊ねた。
「いいえ、さほどではありません」シャルロットが答えた。
 ドクトゥール=マルローは机の上を指さした。「ペンがありますが、握れますか?」
 シャルロットは机の上からペンを取り、そこにあった紙にこう書いた。

ありがとう、ドクトゥール=マルロー、ドクトゥール=ダルベール

 その短い文を見つめていた二人の博士たちの目に涙がたまった。
「・・・シュリーさま・・・」ドクトゥール=ダルベールがささやくような声で言った。「よかったですね」
「わたし、あなたに迷惑ばかりかけてきましたね」シャルロットがドクトゥール=ダルベールに言った。
 ドクトゥール=ダルベールは、何か言いかけた。しかし、彼が言葉を発する前にドアが開いた。そして、ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーが顔を出した。
「・・・手はどうかね?」
「もうすっかり大丈夫よ、ペール=トニィ」シャルロットが答えた。
 ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーは、シャルロットをにらんだ。「その言い方、癖になると困るから止めなさいと言ったはずだ」
 シャルロットはうなだれた。
「ありがとう、アンブロワーズ、この子のわがままにつきあってくれて、本当に感謝している」ドクトゥールはそう言うと、今度はドクトゥール=マルローの方を向いた。「ありがとう、ブリューノ。きみがいなかったら、この子は・・・この子の手は・・・」
「わたしがしたことじゃありません、ドクトゥール」ドクトゥール=マルローはそう返事したが、冷静でないことはその声が証明していた。
「足も、もうすぐ杖がいらなくなりそうだし、きみにはどう感謝していいかわからない」ドクトゥールは真剣な顔で礼を言った。
「・・・頭を上げて下さい、ドクトゥール・・・」ドクトゥール=マルローは困惑したように言った。
「マドモワゼル=チャルトルィスカ」ドクトゥールは今度はシャルロットに言った。「いいかい、もう他人に迷惑をかけないようにしなさい。もう、子供じみた行動を取る年齢じゃないはずだ」
 シャルロットはうなだれた。
「診断書を書くから、学校に提出しなさい。手は完治したとは言えないが、少しずつ使っていっても大丈夫だ、という内容だ。無理にピアノの特訓などしないように」ドクトゥールがちょっときつい口調で言った。「普通に弾くぶんにはかまわないがね」
「でも、コンクールが・・・」シャルロットは言いかけた。
「コンクール?」ドクトゥールの眉がつり上がった。彼はため息をついた。「・・・きみは、根っからの音楽家なんだね」
 シャルロットは、ピアノのふたを開き、コンクールで演奏したショパンのバラードを演奏した。
「お嬢さまがこんなに上手だったとは、知りませんでした・・・」ドクトゥール=ダルベールは、コンクールのときの演奏を思い出してつぶやいた。
 ドクトゥールは、懐かしい気持ちでその曲を聞いていた。これを、自分の前で最後に演奏したのは、亡くなった彼の母親だった。あのとき、自分は、この子と同じくらいの年齢だった・・・。突然、病弱だった母親のことを思い出し、彼の胸がつまった。それにしても、二人の演奏が似ているのはどうしてなのだ・・・?
 彼は、自分の母親と娘(=祖母と孫)が同じ教師---ボレスワフ=ステファンスキー---にピアノを習ったという事実を知らなかった。彼は懐かしさで胸がいっぱいになっていたが、その理由がわからなかったのである。
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