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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第35章

第635回

 翌日の昼過ぎ、フランソワ=ジュメールとウラジーミル=ミチューリンはホールに向かっていた。二人は、演奏順が順位と逆なのを知っていたので、シャルロットとギュスターヴの演奏に間に合えばいい、くらいの気持ちでいた。開演時間までにはまだ間があったが、ホールが満員になるであろうことは予測できたし、別に立ち見でもかまわないと思っていたのであわてることなく歩いていた。
 門の方角から、大きな声が聞こえ、二人ははっとして立ち止まった。
「・・・なんだろう?」ウラジーミルが言った。
「気になるな」フランソワはそう言うなり、門の方へ駆け出していた。
 そこにいた人物を見て、二人は驚いた。アグレスール=ベルリオーズが門の外にいた。そして、門番が彼を中に入れまいとしていたのである。
「アグレスール!」フランソワは思わず叫んだ。
「・・・アンシャン?」アグレスールは声がする方を向いた。「助けてくれる? 門番が、中に入れてくれないんだよ」
 フランソワは、門番に言った。「どうして、開けてくれないんですか?」
「決まりで、開けてはいけないことになっています」門番が答えた。そして、彼は門番小屋と呼ばれている小さな小屋の方に向かって歩き出した。
「・・・どうしてこんなことになってしまったの?」フランソワは憤慨した。
「ぼくが、I.N.R.I.だからだ」アグレスールが何でもないことのように言った。
「そんな・・・」ウラジーミルは絶句した。「・・・とにかく、誰か呼んでくるよ」
 彼は校舎の方に走っていった。
「ぼくは、目を失い、そして、学校を失った」アグレスールが言った。「だけど、ぼくは、人の心だけはまだ信じている」
「人の心? そんなの、気まぐれで、信じるに足らないものだ」フランソワが言い返した。
「ぼくは、目を失ったけど、見えるんだよ、アンシャン。ぼくは、きみの声が見える。アンシャン、きみがこんなに優しい人だったとは、今まで知らなかったよ」
「ぼくは、優しくなんか・・・」フランソワはむっとした。「だって、今だって、何もしてあげられないじゃないか」
「その声でわかるんだよ。・・・誰か来たね?」
 フランソワは校舎の方を見た。遠くの方にアーデルハイト=バウムガルトナーの姿が見えた。かの女の足音が聞こえるとは、何て耳がいいのだろう!
「アグレスール!」アーデルハイトは息を切らしながら叫んだ。
「・・・シランクス・・・」アグレスールは、優しくつぶやいた。
 かの女は、門のところにたどり着くなり、思い切り門を引っ張った。
「・・・やめろよ。開かないよ」アグレスールは、かの女の行動が見えているように言った。
「アンシャン、開けて」かの女は振り返って、フランソワに言った。
「開けてもらえないんだよ」フランソワが答えた。
「意気地なし! わたしが、開けてもらうように頼んでくる!」
「やめるんだ、シランクス。彼が悪いんじゃない。悪いのは、ぼくなんだ」
 アーデルハイトははっとした。「どうして?」
「ぼくが、I.N.R.I.だから・・・」
「そんな!」かの女は絶句した。
「きっと、サン=ティレールの差し金に決まっている。あいつが、彼を閉め出そうとしているんだ」フランソワは、憎しみがこもった声で言った。そして、アグレスールにこう言った。「ディスポが、きっとみんなを呼んできてくれるはずだ。モマン=ミュジコーがこの状況を知れば、きっと校長に掛け合ってくれると思う。もう少しの辛抱だよ」
 アーデルハイトは、フランソワに向かってうなずいた。
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