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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第35章

第636回

「・・・あたたかいね、きみの手って・・・。いつもきみの手はあたたかかったね。もう忘れていたよ、シランクス・・・」アグレスールが優しくささやいた。
 アーデルハイトは、門を握りしめていた手を離し、アグレスールの両手にあずけた。かの女は、そうしながらすすり泣いていた。
「ぼくの目は、もう戻ってこない。だから、ぼくは、目でない部分でものを見ようとしている。ぼくは、手でものを見て、手で感じるんだ。ぼくは、手できみのあたたかい心を見て、手できみの声を聞いている」
「アグレスール、ごめんなさい。目が見えないのがわたしだったら、どんなによかったことか・・・」アーデルハイトが言った。
「こんなことがあってから、ぼくは初めて人の心がわかるようになったんだ。むしろ、ぼくは喜んでいるよ。ぼくは、手で感じるが、手で感じられないものをきみが見てくれたらすばらしいと思っている。ぼくは、枯れ木の色も雪の色ももう見えない。きみの顔さえ、二度と見ることができない。そうできたらよかったのに・・・」
「あなたが一番好きだった顔を覚えていて」
「どんな表情も、ぼくは好きだった・・・」
 フランソワは、二人に背を向けた。これ以上二人の邪魔はしたくなかった。
 校舎の方から、今一番会いたくない人物がやってくるのが見えた。ホールの方からは、ウラジーミルが呼び集めたクラスメートたちが走ってきていた。騒ぎが大きくなりそうな予感がし、フランソワは二人の姿がサン=ティレールから見えないように位置を変えた。しかし、彼の表情を見る限り、無駄な抵抗のようだった。
「・・・こんなところで、何をしているのかね?」サン=ティレールが訊ねた。
 フランソワの後ろで二人が息をのんだのがわかった。
「マドモワゼル、あなたの名前は?」サン=ティレールがアーデルハイトに訊ねた。
「・・・2年7組のアーデルハイト=バウムガルトナーです」かの女は力なく答えた。
「ここで何をしているのかね?」サン=ティレールがもう一度訊ねた。
 彼の意地悪い視線を感じ、かの女はすくみ上がった。
「ここで何をしているのか聞いているのだが、マドモワゼル」彼は同じ質問を繰り返した。
「クラスメートと会っているのです」フランソワが代わって答えた。
「なぜ?」
「門が開かないからです」
 サン=ティレールは、フランソワの方を向き直った。「あなたは、彼らの弁護人というわけですね。名前は?」
「フランソワ=ジュメール、2年7組です」フランソワが答えた。
「よろしい、ムッシュー=ジュメール。あなたにうかがいましょう。校則第33条を言ってご覧なさい」
 フランソワは、サン=ティレールの目をまっすぐに見つめた。「《校則第33条:生徒は、学外の人が面会を求めた場合、学校が定めた場所以外であってはならない》---ですが、彼は、クラスメートです。学校の生徒を門の外に立たせることは、校則には載っていません」
「昔のクラスメート、じゃないのか?」
「ぼくは、停学中ですが、まだ退学処分にはなっていません」アグレスールが言った。
「まだ、ね」サン=ティレールは意地悪い口調で言った。
 サン=ティレールは、自分の発言に対してフランソワがあまり動揺したように見えないことにいらだち始めた。「それでは、校則第24条は?」
「《校則第24条:学校の内部の規律を乱すものは、退学から一週間の謹慎処分までの罰が与えられる》」フランソワが言った。「規律を乱すものとは、誰のことでしょうか? 彼ですか、それともぼくですか?」
「両方だ。これ以上余計なことをしゃべると、校則第24条を適用するぞ」サン=ティレールが言った。
「でも、彼は、もう十分に謹慎したと思いませんか?」
「そうかもしれないが、謹慎期間を決めるのは、校長であって、彼自身ではない」
「そうですとも。処分は校長先生が決めるものです。ソサイエティは、活動停止処分を受けました。彼も謹慎しています。彼は退学になっていません。学校に出てきて、校長先生に会う権利はあるはずです」フランソワが言った。「ですが、彼は、門から中に入れてもらえません。これでは、彼は何もできません」
「これ以上しゃべるなと言ったはずだ」
「ぼくたちは、別に、何も間違ったことはしていません」フランソワは堂々として言った。
 それを聞いていたクラスメートたちは、一斉に拍手した。
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