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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第37章

第665回

 シャルロットはグルノーブルに戻ってきた。
 かの女はまっすぐにホールに向かい、入り口の掲示板を見た。予定通りなら、今日は本選の二日目のはずだった。しかし、掲示板には、第三次予選の日程が貼ってあるままであった。
「・・・戻ってくると思っていたよ」シャルロットが振り返ると、そこにはマルセル=ティボーデが立っていた。
「・・・予選の結果は・・・?」シャルロットが訊ねた。
「ごらんの通り、まだ出ていない」彼が答えた。
「まだって・・・予選が終わって三日目よね? それなのに、まだなの?」
「そうさ。こっちも、予選の結果が出たという連絡を待っている毎日に嫌気が差したんで、散歩していたところだ」マルセルが言った。「少なくても、ホールのそばをうろついていれば、結果が出たことはわかると思ってね」
 シャルロットが黙っていると、彼は続けた。
「トラブルメーカーは、たぶん、きみだろう。きみのあのミスをどう評価するか、結論が出ていないんだろうね」
「わたしなんて、どうでもいいのに・・・。もう諦めているのよ」シャルロットは悲しそうに言った。「わたしね、結果を見に来ただけだったの。病院でね、予選の結果だめだったのを確認してからもう一度来なさい、って言われたの。そうじゃないと、会わせてくれないって・・・」
 マルセルの顔が輝いた。「じゃ、彼は無事なんだね?」
 シャルロットの顔もぱっと明るくなった。「そうだわ、そうに違いないわ! そうでなかったら、会わせてくれるはずよね? わたし、そこまでは考えなかった!」
 シャルロットが笑ったので、マルセルは機嫌良くその場から去った。
 そのとき、シャルロットは、後ろに誰か立っているのに気がついて振り返った。
 後ろにいた男性は、かの女にほほえみかけた。かの女は、彼を思い出した。オーケストラのコンサートマスターをしていた人だ。
「こんにちは、おじょうさん。わたしは、テオドール=フランクと言います」彼はちょっと変わったアクセントで挨拶した。
 シャルロットは、その名前に聞き覚えがあるような気がした。かの女は、すばやく記憶をたどった。そして、その名前を見つけ出すと、かの女もほほえんだ。「・・・確か、ブリュッセルに住んでいらっしゃった方だと記憶しています。以前、ヴィエジェイスキー先生からうかがったことがあります・・・」
「ヴェイ・・・何ですって?」
「ヴァレリアン=ブルマイスター=ヴィエジェイスキー先生です。わたしのヴァイオリンの先生でした」
「・・・ああ、ブルマイスターね」彼は何度もうなずいた。
「彼は、『この世で一番尊敬しているのは、ブリュッセルのフランク先生だ』と口癖のように繰り返し言っていました」シャルロットは穏やかな口調で言った。「『フランク先生という方は、とてもヴァイオリンの才能があって、優れたヴァイオリニストだった。でも、フランク先生は、自分がソリストになることより、教師として生徒を導くことを選んだ立派な方で、そのことにより、誰とも比較できないような偉大な仕事をなさったんだ』・・・彼は、そう教えて下さいました・・・」
 彼は赤くなった。「ブルマイスターが、そんなことを・・・?」
 シャルロットは、尊敬がこもったまなざしで彼を見つめていた。
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