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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第37章

第667回

「フェリックスくんの父親は、たぶん、ブーランジェ氏だと思うね」フランクが言った。「彼がフランスに来たのは、1899年だ」
「あのヴァーク=ブーランジェ氏がそうなんですか・・・? でも、彼がフランス人じゃないなんて知らなかったわ」
「そう、彼の名前は、ヴァンセスラス=ロマノフスキー=ブーランジェだ。ポーランドでは、ヴァンセスラスではなくヴァーツワフというのが正式な呼び方だそうだね。でも、彼は、普段はヴァーク=R=ブーランジェと名乗っている。もしかすると、ほとんどの人は、それが彼の本名だと思っているんじゃないかな?」
「・・・そうかもしれませんね。わたしもそうでしたから・・・」シャルロットはうなずいた。
 二人は、しばらく黙っていた。
「・・・マエストロは、フェリックスに会いたくないと思っているでしょうか?」シャルロットが口を開いた。
「そんなことはないだろうね。あなたがステージで『フェリックスが死んじゃう』って言ったときに彼が見せた表情を見ればね。それに、彼はアントワネットさんを本当に愛していた。わたしは、それを知っている。彼は、ポーランドに彼らを残して出てきたことを、ずっと後悔していたんだよ・・・」
「本当ですか?」
 彼はうなずいた。
 そのとき、ホールの方からざわめきが聞こえた。
「・・・結果が出たのかな?」フランクは立ちあがった。「見てこない?」
 シャルロットは恐そうに首を横に振った。
「大丈夫だよ。予選に落ちるのが恐い?」
「いいえ、通ったらどうしようって・・・。だって、落ちれば、すぐにフェリックスに会いに行けるのよ」
「あなたがフェリックスくんに会うのは、だいぶ先になるだろうね」彼は自信たっぷりに言った。
 二人は顔を見合わせた。どちらからともなく笑っていた。かの女は、笑っているフランク氏を見ているうちに、チャルトルィスキー公爵を思い出していた。そして、彼のそばにいるとどうしてこんなふうに心が安まるのだろうかと思った。
「・・・不思議だね、あなたのほほえみを見ていると、クラリス=ド=ヴェルモンを思い出すんだ」彼が言った。
「かの女をご存じだったのですか?」シャルロットが言った。
「ああ。かの女は、とてもいい子だったよ・・・。かの女と初めて会ったとき、確か7~8歳くらいだったと思う・・・。あなたより、ずっとちいさかった・・・。でも、どうして、クラリスを知っているの? かの女が亡くなったとき、あなたは、まだ・・・」
 そのとき、二人の元に、オーケストラの団員らしい人たちが押しかけてきた。
「・・・ムッシュー=フランク、聞きましたか? かの女が予選を通過したんですよ!」誰かが言った。
 別の人が言った。「<かの女>じゃない。このお嬢さんだよ!」
 彼らのまわりが急に騒々しくなった。シャルロットは、彼らが、まるで一位を取ったように自分を扱っているのを見て、困ったようにフランクの方を見た。
「おめでとう、ちいさな天使さん!」フランクは、変わったアクセントのポーランド語でかの女にささやいた。
「・・・わたし、本当に、予選落ちしていないの?」シャルロットが訊ねた。
「もちろんですとも!」まわりの人たちは、口々に言った。
 シャルロットは、フランク氏に抱きついた。かの女は泣いていた。「わたし、今日のことは、絶対忘れないわ、ムッシュー=フランク」
 彼は、かの女の肩にそっと手を置いた。彼の目も潤んでいた。
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