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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第37章

第676回

 彼には、シャルロットが驚いている理由はわからなかった。いや、思い出話に夢中になっていて、シャルロットが驚いていることを不思議がる余裕がなかった。
「かの女は、不幸なひとでした。いわゆる政略結婚の道具にされてしまったんです。つまり、愛情なんかより家どうしの釣り合いによって無理矢理結婚させられた女性です。もっとも、かの女自身は夫を愛していると口癖のように言っていましたけどね」彼は、《そんなこと、信じられないね》と言わんばかりの口調で言った。「・・・かの女の一番上の子どもは、生まれてすぐに火事で焼け死んでしまいました。もちろん、本当は助かったんですけど、かの女はそれを知らずに死にました。原因不明の難病でね。まだ29だったそうですよ・・・」
「まあ・・・」シャルロットは同情を込めていった。
「しかも、かの女の夫には、結婚前から恋人がいたんですよ」彼は不愉快そうに言った。「公爵は、結婚前から、フランソワーズ=ド=ラヴェルダンという女流作曲家に夢中になっていて、かの女はひとりっきりだったんですよ・・・」
「ひとりっきりって・・・」シャルロットは絶句した。
「そうです。だから、かの女は、自分のサロンを開いて、寂しさを紛らそうとしていたんです」画家が言った。「でも、本当に来てほしいと思っていた唯一の人物は、決して顔を出しませんでしたがね」
 そういえば、フランソワーズ=ド=サックスは、祖父(ド=ルージュヴィル公爵)は、祖母(フランソワーズ=ド=ラヴェルダン)に《自分の心》と称して大事なチェロを渡した・・・と言っていた。祖父は、やはりド=ラヴェルダン女史を誰よりも愛していたのだ・・・。
「・・・かわいそうに・・・」シャルロットはつぶやいた。
 彼は悲しそうな表情でうなずいた。
 シャルロットはもう一度首をかしげた。「わたしの記憶違いでなければ、かの女の娘さんって、クラリス=ド=ヴェルモンのことですよね?」
 画家はもう一度うなずいた。
「じゃ、ステラさんは、自分の娘さんに会っていたんじゃないの? だって、クラリスは、ド=ラヴェルダン女史に育てられたんでしょう?」
「かの女は、失明していたんです、クラリスがいなくなった直後にね」彼は悲しそうに言った。「仮に、かの女の目が見えていたとしても、夫が愛人と一緒にいるところを、妻が目撃するものですか」
 それを聞くと、ピサン氏はふきだした。
 二人は、びっくりしたようにピサン氏の方を見た。二人とも、彼がいることをすっかり忘れていた。
「・・・あのね、こういう考え方もある。フランソワーズ=ド=ラヴェルダン女史は、ある男性と恋に落ちた。彼もかの女を愛していた。しかし、その男性は大貴族で、かの女の方はそうでなかった。だから、二人の恋は実らなかった」ピサン氏は笑い出しそうになっていた。「男性は、それでもかの女と結婚しようとした。しかし、男性の両親は、彼が選んだ女性を彼の妻とは認めなかった。彼らは、息子のために、別の婚約者を選んだ。その婚約者として選ばれたのは、ポーランドの貴族の娘だった・・・」
 画家は気を悪くしたように黙った。
「ところが、彼は、両親に強制されて結婚したものの、初恋の女性を忘れることはできなかった・・・」ピサン氏は真面目な口調になった。「そして、女性の方も、初恋の人を忘れることはなかった。かの女は、自分と彼との仲を引き裂いたポーランド人女性を許すことができなかったといわれている。だから、かの女は、今でもポーランド人が嫌いなんだそうだ」
 シャルロットは目を丸くしていた。かの女は、クラリスが、自分の実の母親と育ての母親と、どちらに同情しただろう、と考えていたのである。
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