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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第37章

第678回

「今日は、お別れに来ました。あした、コンサートが終わったら、まっすぐ帰る予定なんです」シャルロットが言った。「本当にありがとうございました」
 ルブラン夫人は、名残惜しそうに言った。「いつか、またグルノーブルに来てくれるかい?」
「ええ、必ず。わたしは、もともとグルノーブルに勉強に来たんです」
「勉強しに来た?」
「ええ、ポーランドから」シャルロットが言った。
 ルブラン夫人は、ちょっと驚いたような顔をした。「・・・そういえば、あなた、外国人だったのよね。あまりフランス語がうまいから、すっかり忘れていたわ」
 シャルロットはほほえんだ。「秋までには、ここに戻ってくる予定です」
「音楽院に入るのね?」ルブラン夫人が言った。「そう、また会えるわね。楽しみにしているわ。アドルフにもよろしくね。次はできればびっくりしないような子をおくってね、と伝えて」
 シャルロットは笑い出した。
「あなた以上の子は、もう二度と出ないでしょうね」ルブラン夫人はもう一度シャルロットを抱きしめた。「絶対に忘れないわ」
「わたしも」シャルロットが答えた。
 シャルロットは、帰り際に言った。「・・・あした、何を弾いたらいいでしょうか? あなたが好きな曲を演奏します。オーケストラがついた音楽でも構いません」
「そう・・・。じゃ、あの第三次予選で弾いた<クラコヴィアク>をもう一度演奏してちょうだい」ルブラン夫人が言った。「今まで、あんな演奏を聞いたことは一度もなかったわ。あなたも上手だけど、きっと指揮者もよかったのね。彼は、ポーランド系だって聞いたわ」
 シャルロットはうなずいた。「そうですね・・・。さようなら・・・いいえ、またいつか会いましょう」
 シャルロットは、宿泊所に向かいながら、ルブラン夫人の言葉が気になっていた。
『指揮者がポーランド系だったから・・・』・・・そうだったんだ。あの曲を演奏していてあれだけ気分がよかったのは、指揮者が<クラコヴィアク>を理解していたからだったのだ。自分が第三次予選を通過できたのは、実は、彼のおかげだったのかもしれない!
 翌日、受賞記念コンサートのステージには、約束通りグルノーブル市民オーケストラと指揮者のブーランジェ氏が出ていた。
 始めに、支配人のエティエンヌ=ロジェ氏がシャルロットを連れてステージに上がった。彼が挨拶するのだろうと思っていた聴衆は、彼がピアノの前に座ったのを見てびっくりした。
 ロジェ氏は、ベートーヴェンの<皇帝>コンチェルトの第一主題を右手の指1本だけで弾き、すぐ後ろで控えていたシャルロットの方を振り返った。そして、立ち上がり、こう言った。
「わたしは、マドモワゼル=シャルロット=チャルトルィスカが優勝するとは思っていませんでした。それで、もしかの女が優勝したら、一本指で<皇帝>を演奏するとタンカを切ってしまったのです」
 あっけにとられてステージを見つめていた場内の人々は、事情を知ると爆笑した。
「・・・マドモワゼル=チャルトルィスカ、こんなもので許していただけますか?」ロジェ氏が訊ねた。
 シャルロットはステージのまん中までゆっくり歩いて出てきた。そして、指揮台に立っていた指揮者のブーランジェ氏の目の前に立ち、彼を見上げながら訊ねた。
「・・・どう思いますか、マエストロ?」
 ブーランジェ氏は、コンサートマスターに訊ねた。「どう思う、ムッシュー=フランク?」
 フランク氏は立ちあがると、困ったような顔で聴衆に言った。「・・・この人は、わたしの上司だから、わたしには決められませんな。どうしましょうね?」
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