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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第37章

第680回

 シャルロット、マルセル=ティボーデ、そしてブーランジェ氏の三人は、サン=ジェルマン=アン=レーにあるサン=バルナベ病院に向かった。
 病院に着くと、スール=コラリィはひどく悲しそうな顔で---しかし、目が笑っているのをシャルロットは見逃さなかった---彼らを出迎え、ブーランジェ氏にこう言った。
「フェリックスは眠っています。彼に会ってあげて下さい。たった今だったんです・・・」
 スール=コラリィを含め、そこにいた修道女たちは皆、暗い顔をしていた。スール=コラリィは先頭に立って歩き出した。シャルロットはかの女が何をするつもりなのかよくわからなかったが、シャルロットの今までの経験から言えば、それはかの女が何かたくらんでいるという証拠だというのは確かだった。
 ブーランジェ氏がドアを開けた。彼は、ベッドに横たわっている人物を見ると、はっとして立ち止まった。
「・・・フェリックス・・・?」ブーランジェ氏の声はかすれていた。彼は、思わずポーランド語でつぶやいた。「・・・なんてことだ、トーニャにこんなにそっくりだとは!」
 シャルロットは、立ち止まっている彼の横を通り抜け、フェリックスに駆け寄った。
「フェレック!」シャルロットは叫ぶように呼びかけ、彼の手を取った。そして、驚いて振り返った。スール=コラリィと目が合うと、かの女はシャルロットに目配せした。それを見た瞬間、シャルロットにはすべて飲み込めた。かの女は、フェリックスの方に向き直り、ポーランド語で悲しそうに呼びかけた。「フェレック、どうして待っていてくれなかったの?」
 そして、かの女は毛布に顔を埋め、静かに泣き出した。
 その泣き声を耳にして、ブーランジェ氏は動けなくなってしまった。彼はポーランド語でつぶやいた。「・・・かわいそうに・・・」
 三人の修道女は、ブーランジェ氏の横を通り抜けるようにしてベッドの方に歩き出した。スール=アントワネットとスール=マドレーヌは、ブーランジェ氏と目を合わせないように下を向いていた。スール=コラリィは、悲しそうに呼びかけた。
「彼は、眠っています」スール=コラリィの声は優しかった。「どうか、手を取ってあげて下さい」
 ブーランジェ氏は、ためらいがちに進み出た。
 それを見て、スール=アントワネットとスール=マドレーヌは両手で顔を覆い、彼に背を向けた。二人の背中が小刻みにふるえているのが彼にはわかった。すすり泣いているシャルロットの背中を見ているうちに、彼の足がまた止まった。
 スール=コラリィは真面目な顔で、彼に前進するように促した。
 彼は、フェリックスの枕元にひざまずき、言われるままに手を取った。「・・・なんてあたたかい手なんだろう・・・」
 シャルロットは顔を上げ、彼に向かってうなずいた。
 しかし、彼は混乱したような表情をしていた。彼は、スール=コラリィを見た。それから、ドアのところに立ったまま悲しそうに見つめているマルセル=ティボーデを見た。そして、ポーランド語で独り言を言った。
「・・・どうして、あたたかいんだ?」
 そして、彼はフェリックスに視線を戻した。
 そのとき、フェリックスはほほえみながら目を開けた。そして、フランス語で言った。「・・・生きているんですもの、当然でしょう?」
 ブーランジェ氏は驚いてフェリックスの手をはなした。そして、シャルロットの方を見た。シャルロットも、涙を流したままほほえんでいた。
「おひさしぶりね、フェレック。いたずら好きなのは相変わらずね」シャルロットがフランス語で呼びかけた。
「いたずら?」ブーランジェ氏がつぶやいた。
「今日は、何月何日かご存じですか?」フェリックスがフランス語で訊ねた。
「ぼくの記憶違いでなければ、4月1日だ」マルセル=ティボーデが答えた。
 ブーランジェ氏は、しばらくきょとんとしていたが、苦笑した。「いたずらも度が過ぎるぞ」
 スール=コラリィはすまして言った。「わたしは、彼は眠っていると言っただけです」
「でも、眠るという言葉を、そういう調子で言うときには・・・」彼は抗議しようとしたが、気がつくと泣いていた。「・・・フェリックス、生きていてよかった・・・」
「本当に、そう思ってくれるんですか?」
「もちろんだ。おまえのことを考えなかった日は、一日もなかった・・・」ブーランジェ氏はそう言うと、息子を抱きしめた。「さあ、一緒にマルセイユに行こう。嫌だとは言わせない」
 フェリックスも泣き出した。
「・・・アントーニナの分も、幸せになるんだよ・・・」彼はささやいた。
 スール=コラリィは、シャルロットの肩に手を置いた。そして、彼らは、二人だけを残し、そっと部屋から出て行った。
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