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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第4章

第66回

 しばらく沈黙が続いた後、クラリスが言った。「あなたは、誠実な人ですね。そして、公正な審判だわ」
 エマニュエルは首を横に振った。「わたしは、公正な審判じゃありません。決してそうなることはないでしょう。だって、わたしは、あなたとロビーが別れることを望んでいますからね」
「別れるべきかしら?」クラリスが訊ねた。「・・・いいえ、別れるべきなんでしょうね」
 エマニュエルは静かに言った。「あなたには、それができるのですか?」
「さあ、わかりません」クラリスは正直に答えた。
 彼は、またほほえみを浮かべた。「・・・わたしは、待っていてもいいかしら?」
「何を、ですの?」
 彼は真剣に答えた。「もし、ロビーと別れるようなことがあったら、わたしを思い出して下さい。いつまででも待っていますから」
 クラリスはほほえんだ。かの女は、エマニュエルのその言葉を<なぐさめ>の意味でとらえていたのであった。
「・・・いつまでも?」かの女は、首をかしげた。「そんなこと、ありうるのかしら?」
 そのときの彼の表情は、どんな言葉でも表せないようなものだった・・・と数年後にクラリスは回想している。この時点では、かの女は彼の真意がわからなかったのである。
 部屋を出たところにテオドール=フランクが立っていた。
 クラリスは、黙って彼の後についていった。
 彼は、急に振り返った。「・・・指揮者君の具合はどうなのかね?」
 クラリスは言葉につまった。
 彼は、ちょっと悲しそうな表情になった。「彼を苦しめてはいけないよ、クラリス。あの人は、ほんとうにいい人だ」
 庭のベンチまで黙って歩き、座った後、クラリスはフランク氏に落馬の件から始まるこの一日の一連の事件の話をした。フランク氏は、ときどき質問をはさみ、話を全部聞いた。そして、ルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィルの推理、クラリスを取り巻く奇妙な三角関係のほぼ全容を理解した。こういうことは、離れて全体を見渡せる第三者の方が当事者よりよくわかるものである。
「・・・で、きみは、どちらの男性を選ぶつもりなの?」フランク氏は、こう訊ねた。
 クラリスは、ちょっと赤面した。
 彼は、小さなため息をつくと、自分の初恋の話を始めた。美しいピアニストに恋をしたこと。その女性に思い切って告白したこと。持っていった白い菊の花束で顔をひっぱたかれたこと・・・。
「・・・クラリス、恋をすると、ほかのことは何も見えなくなる。常識など、なんの役にも立たない。その恋だけがすべてだと思いこんでしまうものなんだ・・・」彼は遠い目をした。「当事者に何を言っても無駄なのは、経験からわかっている。だけど、あえて一歩下がって全体を見渡す勇気が必要なときもあるんだよ。・・・そう、本当に、それでいいのか?って、自分に聞いてみるんだ。そうすると、意外な回答が見えてくることもあるんだ」
 クラリスは、首をかしげた。
「きみの人生だ。何を選択しようときみの自由だが、まわりの人の願いは、きみがその選択によって幸せをつかんでくれることだけなんだよ、わかるね?」
 クラリスは、フランク氏を見つめた。「あなたは、エマニュエルの味方なんですか?」
「わからない。現時点では、それがベターだと思うだけだ」彼は、控えめに答えた。「彼は、命をかけてきみを愛している。今日のことで、それが証明されたわけだ」
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