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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第39章

第703回

「だいたいのところはわかりました」サン=ティレールが言った。「もう少し詳しく聞きましょうか。あなたは、その日の午後から翌朝にかけての間、本当に一人きりだったんですね?」
「いいえ」シャルロットが答えた。「さきほども申し上げました。わたしは、眠ってしまったんです。目が覚めたときに、頭に冷たいタオルがあったということは、誰かが部屋に来てくれたということだと思うのですが、どうですか?」
 マダム=ベルマンがいった。「ええ、わたしが、かの女の部屋に何度も足を運びましたわ」
「ありがとうございます、先生」シャルロットが言った。
「そのほかには? 本当に、マダム=ベルマンだけですか、訪問者は?」
 シャルロットは咳き込み始めた。かの女は、自分の容疑にうすうす気づき始めていた。そうだ、あの日の午後、ピアノを弾いているときに、ドニ=フェリーがやってきたのだ。サン=ティレールは、その話をさせたいのだ。しかし、話していいものだろうか? 彼が信用できるだろうか? いや、彼だけは絶対に信用できない。しばらく黙っていよう。
 シャルロットは、咳き込みながらそんなことを考えていた。かの女が苦しそうだったので、三人にはかの女の考えが読みとれなかった。
「・・・まだ、無理をしていい時じゃないんです」ドクトゥール=ワッセルマンがいった。「かの女は、肺炎が治りかけているところです。こんなことをしていると、死んでしまうかもしれません。これは、はっきり言って拷問です」
「話してしまえばいいことです」サン=ティレールがこともなげに言った。「全部正直に話すこと。そうすれば、容疑が晴れて部屋に戻れます。あたたかいところで病気を治すこともできます」
「ぼくは、取り調べをここでするのが間違いだと言っているんです」
 サン=ティレールは目をつり上げた。「・・・ほう、きみは、いつからそんなに偉そうに発言するようになったのかね?」
「ぼくは、医学を勉強したものとして、こんな仕打ちは非人間的だといっているだけです」ドクトゥール=ワッセルマンは、あとには引けないと悟った。
「そもそも、かの女はなぜここにいるんですか、教頭先生?」マダム=ベルマンが言った。
「かの女に聞いてみたまえ」サン=ティレールはそう言うと、怒ったように大股で部屋から出て行った。
 マダム=ベルマンはあわてて彼のあとを追った。
「・・・ごめんなさい、ドクトゥール」シャルロットが部屋から出て行こうとしていたドクトゥール=ワッセルマンに声をかけた。
「謝ることはないさ」彼は、ドアに手をかけたが、思い直して戻ってきた。そして、かの女の枕元にあった椅子---さっきまでサン=ティレールが座っていた椅子に座った。
「わたし、あなたに失礼なことを言ってしまいました。勇気がないとか、サン=ティレールが恐い人は信用できないとか・・・」
「今だって、彼は恐いよ」彼はささやいた。「こうなったのは、成り行きさ」
「いいえ、あなたは立派な方です」シャルロットが言った。
 彼はにやりとした。「ようやく信用してくれる気になった?」
 シャルロットはうなずいた。
「じゃ、きみのほかの秘密も話してくれるね?」彼は真剣な顔をした。
 シャルロットは首を横に振った。「一晩だけ、考えさせて下さい」
「なぜ?」彼はつい大きな声を出した。しかし、かの女の真剣な顔を見つめ、声の調子を変えた。「・・・わかったよ。誰かに、伝えたいことはない?」
「・・・みんなに、心配しないで、って・・・」
「ぼくは、きみの味方だよ。いい、余計なことだけはしゃべらないでね」彼はそう言うと、部屋から出て行った。
 ドアが閉まる音と、鍵が閉まる音が大きく響き渡り、あたりは急に静かになった。
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