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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第43章

第771回

 シャルロットは、ヌーヴェル=ヴァーグ通りのケーキ屋<メートル=シャントゥール>にやってきた。ここがフランソワ=ジュメールの家だ。町でも評判のケーキ屋だったが、シャルロットはこの店にきたことは一度もなかった。別の理由でここに来たかった、と甘い香りに包まれながらかの女は思った。
 かの女はためらわずに中に入り、誰も客がいなかった店内で店員に声をかけた。
「あの・・・シェフにお会いしたいのですが・・・」
 店員は驚いたようにかの女を見つめ、中に目をやった。
「フランソワさんのことで、お話があるんです」シャルロットが続けた。
「・・・やつのことなら、こっちがおことわりしたいものですね」中の方から声がした。そして、フランソワそっくりの大きな男が顔を出した。彼は、シェフの帽子をかぶっていた。この人が間違いなくフランソワの父親だ、とシャルロットは思った。
 彼は、シャルロットを見てあまり愛嬌のよくない表情で訊ねた。「うちのフランソワが、あんたをいじめたとでも言いに来たのかね?」
「いいえ、彼は、いつでも親切にしてくれます。彼は、紳士ですから」シャルロットは、とびきりのほほえみを浮かべて答えた。それを見ると、たいていの人が警戒心を解いてしまうと言われる例のほほえみで。
 シェフにもその効果があったようだ。彼は、つい、つられてほほえみかけた。「フランソワはいないよ」
「ええ、存じています。わたしたち、今まで、彼と一緒でしたから」シャルロットが優しい口調で言った。「実は、彼は怪我をして・・・」
 シェフはふん、と笑って遮った。「どうせまた、喧嘩でもしたんでしょう?」
「いいえ。飛行機から落ちたんです」
「ひこうき?」彼は首をかしげた。「それは、乗り物の名前かい? それとも、動物の名前?」
「もちろん、乗り物の名前です」シャルロットが答えた。「空を飛ぶ乗り物です」
 彼は顔をしかめ、シャルロットをじっと見つめた。その表情を見る限り、シェフは、息子とは違い、冗談が嫌いな人だと言うことがよくわかった。
 しかし、彼が考えていたのは全く別のことだったらしいと言うことが、彼の次の言葉で証明された。
 彼は急にほほえみ、シャルロットに優しく声をかけた。「・・・わかった、あんたは、トト=ザレスキーの妹さんだろう? どこかで見たことがあると思ったんだ!」
 彼は、うれしそうに続けた。「フランソワは、彼が大好きだった。もちろん、わたしもさ。彼は、本物の紳士だった。フランソワの友人には変なやつが多いが、彼だけは立派な少年だった。わたしは、彼にだけは一目置いていた。彼は生まれながらのジェントルマンで、秀才だった。そうだ、確か、彼は二位で卒業したと聞いた。ポーランドに帰るつもりなの? それとも、こっちの大学に進学するつもりなの?」
「彼は・・・士官学校を受験するつもりなんだそうです」シャルロットはちょっとだけ苦い顔をした。「彼は、軍人になりたいそうです。ポーランドの独立のために・・・」
 シェフはそれには気づかなかった。「さすが、秀才の考えることは違うんだね。それに比べて、うちのばかは・・・。ほうきだか空飛ぶじゅうたんか何だか知らないが、あきれて顔も見たくない。2~3日、病院で頭を冷やしてこいと伝えてくれ。おまえの顔なんか当分見たくもない、と言っていたと伝えてもかまわん」
「シェフ、フランソワに、本当にそう伝えてもいいんですか?」
「構わない。放っておいても、死ぬようなやつじゃない」そう言うと、彼は奥に引っ込もうとした。
「シェフ」シャルロットは彼を引き留めた。
「・・・まだ、何か?」彼は振り返った。
「お願いです、フランソワを叱らないで下さい」シャルロットは必死に言った。「彼がしたことは、本当に危ないことでした。でも、亡くなった友人の遺言だったんです。彼は、死んでしまった友人の遺志を継いで空を飛んだだけなんです。だから、悪いのは彼じゃありません」
 シャルロットはそう訴えながら、目に涙をためた。
「・・・わかったよ、そうするよ。そうするから、お願いだから、泣かないで」シェフは当惑したように言った。
「本当に? 約束して下さる?」
 彼はうなずいた。
「ありがとうございます。わたし、これから、学校に行って来ます」シャルロットはうれしそうに言った。「これで失礼します、シェフ」
「・・・ちょっと待って」シェフがかの女を呼び止めた。「涙をふいてから行くんだよ。レディは、泣いてはいけないと教えてもらったはずだろう?」
 シャルロットは少し赤くなり、ハンカチをポケットからだし、目をふいた。
「・・・そうそう。それでいい」シェフはほほえんだ。
 シャルロットが出て行った後で、シェフは頭を振りながら調理場に戻った。そして、苦笑しながらつぶやいた。「・・・あれが、噂のプティタンジュとかいうクラスメートなんだな。あの子が相手じゃ、誰だって、空飛ぶじゅうたんとやらに乗ってしまうだろう。あの調子で頼まれたら、わたしだったら、月まで飛んでいくかもしれないな・・・。わたしには、あいつを責めることはできん」
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