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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第43章

第774回

 シャルロットは真面目な顔で首を横に振った。
「昔、ぼくは、一人のフランショーム家の少年を知っていた。その少年を、ぼくは心の底から憎んでいた。マルフェは、あの少年にあまりにもよく似ていた・・・」
「あの少年、って・・・?」
 ド=グーロワールは、シャルロットから視線をそらし、車の窓の方を見た。そして、急にシャルロットの方を向き、話し出した。
「ぼくがポーランドの生まれだと言うことは、もう知っているよね。ぼくの母親はポーランド人で、旧姓をタンスカと言った。ルーディ=タンスキーというのは、かの女の遠い祖先の名前だ」ド=グーロワールは、ポーランド語で話し始めた。「かの女は、ぼくが生まれたとき、視力を失っていた。かの女は、ぼくに歌を歌って聞かせ、歌うように物語を聞かせてくれた。いつも、ポーランドの英雄たちの話だった。そして、ぼくは、かの女の真似をしてピアノを弾くようになっていた。父は、ぼくが3歳のとき、母は10歳のときに死んだ。母が死んだ直後、ぼくは、ただ一人の肉親であるフランスの祖父のところに行くことになり、ポーランドを離れた」
 シャルロットは、そこまで聞くと、そっとため息をついた。
「祖父は、ぼくのピアノを聞くと驚いた。そして、コンセルヴァトワールに入れるべきだと思った。彼は、ぼくをパリに連れて行った。コンセルヴァトワールの入試の時、隣に赤毛の男の子が座っていてね、じろじろとぼくを見ていた。何か感じの悪い子だった。ぼくは、隣に座っていた祖父に何か言った。何を言ったのか覚えていない。あのころ、ぼくのフランス語は完全なものじゃなかった。フランス人の父は3歳のときに死んでしまったし、ポーランド人の母は、ドイツ語を使って生活をしていた。当時のぼくのフランス語は、そのドイツ語なまりが残っていた」
 彼はそう言うと、大きく息を吸い込み、話す速度を上げた。
「あの男の子は、いきなり立ちあがり、叫ぶように言った。『ドイツでは、ブタでもピアノが弾けるのか?』---ぼくは、その言葉が理解できる程度にはフランス語ができた。ぼくは、彼に反撃したかった。でも、当時のぼくは反論できるほどフランス語がうまくなかった。ぼくにできたのは、彼を殴ることだけだった。ぼくたちは、とっくみあいを始めた」
 シャルロットはまだ黙ったまま聞いていた。
「・・・気がついたとき、ぼくは、汽車に乗っていた。祖父が隣にいて、こう言ったんだ。『あいつのほうがよっぽどのブタだ。いいかい、おまえは、いつか、あのブタをしとめなければならない』ぼくは、うなずいた。そして、ぼくたちは、また祖父の家に戻った」彼はそう言うと、また元のスピードで話し出した。「ぼくは、クレルモン=フェランの学校に入った。そこで、ぼくは、リュシアンやアンブロワーズという友人に巡り会った。あの二人は秀才で、学年のトップを争っていた。一方、ぼくは、いつかあのブタをやっつけるために、一生懸命にピアノを練習していた。そして、あの日がやってきた・・・」
 シャルロットは、ようやく、彼が何を言おうとしているのかわかり始めた。
「・・・ジュネス=コンクールですね?」
「ああ、そうだ」ド=グーロワールはうなずいた。「あのころまでは、本選でコンチェルトを弾かなくてもよかった。あのときの課題曲は<ヴァルトシュタイン>だった。そのヴァルトシュタインを演奏しているとき、ぼくは、突然左手が動かなくなって、演奏を途中で止めた。いや、止まってしまったと言うべきかな。動かないんだから、続けようがなかったんだ」
 彼は悲しそうにそう言い、左手を振った。「止まって手を振ると、また動くようになったんで、ぼくは演奏を再開した。みんなは---ピサン氏を含めてだけど、あれがなければ、ぼくが一位だったと話してくれた。ぼくは、ピサン賞もメディシス賞も取ったけど、一位にはなれなかった。あれがあったからだ!
 シャルロットは、思わず涙ぐみそうになった。
「ぼくは、二位だった。一位になれなかったことは悔やんでいない。ピサン氏もド=メディシス氏も、二人とも『きみの演奏が一番よかった』と言ってくれたし、ぼくも、やれるだけのことはやったつもりだ」ド=グーロワールが言った。「ただ、一位になったのがあいつだったことだけが心残りだった」
「あいつ・・・?」シャルロットは涙声で言った。「・・・まさか、例のブタさんのこと?」
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