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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第44章

第779回

《フェリシアンは、セルジュが恋したという女性に会ってみたいと思った。いや、会わないまでも、セルジュが感動したという<ムーンライト=ソナタ>の演奏を聞いてみたいものだと思ったのだ。彼は、その窓の下にたち、<ムーンライト=ソナタ>が聞こえてくるのをじっと待っていた。しかし、音楽は聞こえてこなかった。
 彼は、諦めて帰ろうと思った。そのとき、その部屋の窓が開き、窓際にブロンドの髪の女性が現われた。彼は、その女性を知っていた。彼は、思わず声を上げてしまった。
『フリーデリーケ!』
 その女性は、はっとして窓から身を乗り出し、うれしそうに叫んだ。『トリスタン? トリスタンなんでしょう?』
 フェリシアンは身を隠した。今、フリーデリーケに見つかってはいけない!
 やがて、かの女は外に出てきた。そして、こう叫んだ。『トリスタン! いるんでしょう? お願いだから、出てきてちょうだい。わたしがあなたの声を聞き間違うはずはないわ。ねえ、いるんでしょう、トリスタン?』
 その声は、悲しそうにあたりに響いた。かの女は、彼が隠れている前を知らずに通り過ぎた。
『あなたは、また行ってしまったのね。ハンブルクの時のように、あなたは、わたしを置いて一人で行ってしまったのね? どうしてあなたには、わたしの気持ちがわからないの? わたしは、あなたに会いたくてパリに出てきたのよ!』最後には、泣き声にかわった。
 フェリシアンは、かの女の前に飛び出していきたい気持ちを抑えていた。いつの間にか、彼も泣いていた。》

 突然、フランソワが朗読を遮った。「わかった、フェリシアンは、身を退くつもりなんだね?」
 シャルロットはフランソワの方に目を移した。「どうやら、そうみたいね」
「きみが、もし、彼の立場にいたらどうする?」
 シャルロットは首をかしげた。「どうしてそんなことを聞くの?」
「きみがそんな立場に立たされるとは思えないからさ」
「そうかしら。わたしは、ある意味ではフェリシアンの立場にいるわ」
 フランソワはびっくりした。「まさか!」
「身を退く、というのは正確じゃないような気がするけど」シャルロットは考え込みながら言った。「彼とかの女が愛し合っているのなら、わたしがしていることは<身を退く>とはいえないわ。諦める、というのが正解じゃないかしら」
「彼とかの女が愛し合っている・・・? かの女って誰? マルフェに恋人がいるなんて、聞いたこともない」
 シャルロットは少し赤くなった。「わたし、彼の名前をまだ言っていないわ」
 フランソワはにやりとした。「でも、正解でしょう?」
 シャルロットはさらに赤くなった。
「<かの女>が誰であったとしても、彼に、きみのほかに好きなひとがいるとは思えない」
「そうとは思えないわ。少なくても、かの女は彼が好きだわ。わたしは、かの女と憎みあうのはいやよ」
「それじゃ、彼を諦められるというの?」
「最悪の場合には・・・」
 フランソワは、あきれたようにシャルロットを見た。「・・・なぜなんだ?」
「かの女が好きだから・・・」シャルロットが答えた。「かの女は、わたしの親友よ」
「だけど、きみは、本当にそれで満足なの?」
 シャルロットは首を振った。「・・・わからないわ・・・」
「そうだろう? じゃ、きみは、マルフェを放してはいけない」
「だけど、それは、かの女から彼を取ることだわ」
「彼を愛していないの?」
 シャルロットはうなだれた。
「幸せは、自分で取らなくちゃならないものなんだよ」フランソワが言った。「そのためには、ときには、他人から奪わなくちゃならないことだってあるんだ」
「できないわ、そんなこと!」シャルロットは激しく首を振った。
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