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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第44章

第782回

 ウラジーミルは、そう言うと、ちょっとだけ何かを考える素振りをした。
「・・・父は、何かの検問をしていたそうだ。そこへ、大きな馬車がものすごいスピードで現われたそうだ。父は、その馬車が怪しいと思い、呼び止めた。馬車に乗っていた人たちは、急いでどこかに行こうとしていた。彼らがなぜ急いでいたかという点だけは、未だにわからないけどね。乗っていたのは二人だけだったそうだ。一人は老紳士で、もう一人はちいさな女の子だった。老紳士は、父に、自分たちは急いでいるのだと説明し、早く通して欲しいと言ったんだそうだ。でも、父は、彼らを疑っていた。そんなに急いでいるということは、何かの犯罪に関係していて、早くその場を去りたがっていると思ったのだ。彼が焦り出すと、父は余計に彼を疑い、いろいろ訊ねようとした。でも、老紳士は、とにかく急いでいて、無理にそこを通ろうとした。彼は、自分の名前を言い---でも、父には聞き取れなかったそうだ---通してもらおうと思ったらしい。もし、父がポーランド人だったら、彼の名前を聞いただけで通しただろう。しかし、父には通じなかった。父は、彼の尊大な態度に腹を立て、馬車から引きずり出そうとした。そのときになって初めて、老紳士の口調がかわった。彼はそれまで穏やかに話をしていたが、急に怒り出し、激しい口調で抗議したそうだ」
 そう言うと、ウラジーミルは、また一息ついた。「そのとき、それまで黙ってちいさくなっていた女の子が、泣きじゃくりながら父に言ったそうだ。それは、フランス語だった。『お願い、彼をいじめないで! わたしたち、何も悪いことはしていません。本当に、何も悪いことなんかしていません。お願い、どうか助けて下さい! わたしたち、急いでいるだけなんです・・・』父は、女の子を見ると、憐れみを覚え、かの女を抱き上げようとした。しかし、女の子は、父から逃れようとした。たぶん、父が恐かったんだろうね。で、父は、優しい口調でかの女に名前を訊ねた。かの女は、泣きじゃくりながら答えた。『わたしの名前はブローニャです。ブローニャ=ド=クラコヴィアク』・・・その返事を聞いた父は、かの女の姓が<クラコヴィアク>だと思いこんでしまったんだ。音楽なんて全然わからないひとだったからね、彼は。でも、これで、相手がポーランドの貴族であることがわかって、父は、彼らにわびた」
「ブローニャ=ド=クラコヴィアク、と言ったのを、全部名前だと思ったんだね?」フランソワはおかしそうに言った。
「・・・後になって父は、<クラコヴィアクのブローニャ>の父親というのが、ポーランドでも有名な政治家のアントーニ=チャルトルィスキー公爵だったことを知って、真っ青になったことは言うまでもない」ウラジーミルは、おどけた調子で言った。
「そんなに有名な人だったの?」フランソワが訊ねた。
「まあ、ポーランド人なら知らないひとはいない、と言うくらい有名人だった。ワルシャワに住んでいたひとなら、ぼくのようなロシア人にも聞き覚えがある名前だった。ただ、プティタンジュから見れば、父親と言うよりおじいさんという感じだったけどね」
「彼と会ったことがあるの?」
「もちろん。今の話には後日談がある」ウラジーミルが言った。「父は、彼らにわび、彼らを通した。その後、彼らの正体を知った父は、正式にチャルトルィスキー家に詫び状を送った。それから何日かして、チャルトルィスキー家の紋章が入った一通の招待状がうちに届いた。そして、ぼくたち四人は、チャルトルィスキー家の屋敷に招待され、彼らのもてなしを受けた。ブローニャが公爵夫人の伴奏で、美しい音色の音楽を聞かせてくれた。あのとき、かの女は、まだ5つか6つだったはずだ。ぼくは、かの女が、そのときのことを覚えていたのでびっくりした。---かの女の記憶が戻って、かの女がぼくの父の名前を呼び、ぼくを<ちいさい方の息子さん>と呼んだとき、ぼくは、涙が出るくらいうれしかった・・・」
「・・・ちょっと待って、今、四人と言ったよね?」
「うん、確かに言った。あのとき、うちの家族は四人だった」ウラジーミルが言った。「母が病気になり、しだいにやつれていき、ついに血を吐くようにまでなった。それで、父は、ペテルブルクから兄を呼び寄せたんだ」
 フランソワの表情が急にくもった。「・・・そんなに、病気が悪かったんだ・・・。それで、きみの母上は・・・その・・・?」
「きみは、ぼくの母の死因を忘れてしまったの?」ウラジーミルが言った。
 フランソワは息をのんだ。そして、ゆっくり首を横に振った。「・・・いや、覚えているよ・・・」
「そうだ。ぼくの母は、殺されたんだ」ウラジーミルが言った。「実の息子の手にかかってね」
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