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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第44章

第783回

 フランソワの表情は硬くなった。その事実は知っている。しかし、それについて親友が詳しく話をしたことはこれまでになかった。彼は、自分からその話をせがんだのに、先を聞くのが恐くなりかけていた。
「兄がワルシャワにやってきて何日かたったある朝のことだった。彼は、真っ青な顔でぼくの部屋にきてこう言った。『母さんを殺してしまった。自首するから、ついてきて欲しいんだ・・・』」ウラジーミルが言った。「そのとき、アンドリューシャは・・・兄は19だった。彼は、ペテルブルクで医学を勉強していた。母の苦しみが一番わかる立場にいたんだ。母は、彼に、これ以上苦しみたくない、殺してくれ、って頼んだんだそうだ。裁判の時、兄は泣きながらそう証言した・・・。そして、彼は、殺人犯としてシベリアにおくられた。それからまもなく、ぼくは、ワルシャワを離れた」
「・・・知らなかったよ・・・」フランソワはぽつりと言った。
「ぼくは、兄を憎んではいない。母は、本当に苦しそうだった。あんな母の様子を見ているのは、ぼくにとってもつらいことだった。母の最期の日のことを裁判で聞かされ、ぼくは、二人に同情した。ぼくには、兄を責めることはできない。ぼくが彼の立場にいたら、やはり同じことをしていただろう・・・」ウラジーミルが言った。「ぼくがワルシャワを出たのは、母を愛していたからだ。あの家は、ぼくが覚えている唯一の家だった。あそこにいると、どこにいても母を思い出してしまう。ぼくは、苦しんでいたかの女のことを思い出したくなかった・・・」
「わかるような気がするよ」フランソワが言った。「でも、きみがうらやましいのも事実だ。なぜならば、ぼくの母は、ぼくを産んでから三日目に死んだ。ぼくには、母親の記憶が全くない」
 ウラジーミルははっとして友人を見つめた。
 フランソワは、《気にしないでくれ、言い過ぎてしまった》というようにうなずいた。
「・・・その暗い日々の間、ぼくを慰めてくれたのは、音楽だった」ウラジーミルは話を続けた。「<クラコヴィアク>の存在が、ぼくにとって唯一の慰めだった。そんなある日、父がぼくにフランスに行くことを勧めてくれた。兄のようにロシアに戻るのではなく、フランスを選んだのは、たぶんぼくをスキャンダルから守る意味もあったのだと思う。ぼくは、パリの学校に入るつもりでいた。ところが、長い列車の旅の途中、ぼくはたまたま、ギュンター=ブレンデルと出会った」
 フランソワは目を丸くした。
「ギュンターは、ベルリンから列車に乗り込んできた。小さな体で、自分の体くらいある大きな荷物を持っていた。そして、コンパルティマンに一人で座っているぼくを見て、『きみも一人旅なの?』と話しかけてきた。それから1時間もしないうちに、ぼくはギュンターとすっかり意気投合してしまっていた。彼は、ぼくにサント=ヴェロニック校の編入試験を受けるように勧めた。ぼくは、ミュラーユリュードまでそのまま彼について行った」ウラジーミルはそう締めくくった。「そうして、ぼくは5年7組に編入され、ギュンターと同じクラスになったんだ。彼は、ぼくが<クラコヴィアク>を知っていることに驚いた。彼は、<クラコヴィアク>のメンバーと一緒に撮った写真を見せてくれた。彼にとっての宝物だ。ぼくたちは、何度となく<クラコヴィアク>の---いや、より正確に言うとブローニャの話をした。ぼくは知っている。ギュンター=ブレンデルは、ブローニャ=スタニスワフスカを愛している。そして、ぼくもそうだ・・・」
 フランソワは驚いた顔をした。
「ごめんね、アンシャン」ウラジーミルが言った。
「今まで黙っていたことを謝るのか?」フランソワが言った。「だけど、かの女は、ぼくの恋人じゃない」
「きみがかの女を愛していることは知っていた。演劇コンクールの時に気づいた。あのステージを見て、気づかないのはプティタンジュくらいのものだ」ウラジーミルが言った。「きみは名優だよ、グラボフスキー」
 フランソワはちょっと赤くなった。
「でも、ぼくは、黙っていることを選んだ。なぜって」ウラジーミルは、片目を閉じた。「マルフェと同じ目に遭うのはごめんだからね」
 フランソワはふきだした。「まさか、ね」
 ウラジーミルはちいさくため息をついた。「・・・マルフェは、幸運な男だな」
 フランソワはうなずいた。「いつか、彼にそう説教してやろう」
「・・・もう暴力を使うなよ」
 フランソワはもう一度うなずいた。「プティタンジュを泣かせるようなことは、二度としないよ。あんな日々は、もうごめんだ」
 ウラジーミルもうなずいた。
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