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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第45章

第802回

「きみは、そんな不幸に会わずにすんだ。待つことのつらさを知らないことは、ほんとうは幸せなことなんだろうね、ドンニィ」オーギュストは、しみじみとした口調で言った。「だけど、待つことを知っているから、人生が楽しく思えるんだろうね、きっと」
「待つことを知っているから?」コルネリウスが訊ねた。
「そう。希望を持つことさ」
「・・・ぼくには、真似ができないな」
 オーギュストはもう一度座った。そして、いたずらっぽくコルネリウスを見た。
「シュリーを取ってもいいかな?」
 コルネリウスはほほえんだ。「きみに取れるものなら、取ってもいいよ」
「その笑い方がパパに似ている、って言われるんだよ、ドンニィ」オーギュストは苦笑した。「きみは、ますますパパに似てくるんだね。ぼくにとっては母親代わりだったクラリスおばさまが、ぼくによくこう言ったよ。『フランショーム家の男性って、とても魅力的な存在なのよね。でも、どうしてあんなふうに笑うのかしら?』ってね」
 そして、二人とも笑い出した。
 オーギュストは立ちあがった。
「ぼくは、あさって、ファンシュ=ル=ソンと一緒にサン=ナゼールに行く。短い夏休みをそこで過ごそうと思う。エクトールおじさまがぼくたちが顔を見せないと心配されるし、オスカールにも会いたい」オーギュストが言った。「・・・きみは、休みには帰ってくるのかい?」
「わからない」コルネリウスが言った。
「じゃ、しばらくの別れということになるかな?」オーギュストは兄に手を差しだした。「元気でね、ドンニィ」
「きみもね、ミュー」コルネリウスはその手を握りしめた。
 オーギュストは出て行きかけて、もう一度振り返った。「・・・そうだ、大切なことを忘れていた」
 コルネリウスは無言で首をかしげた。
「シュリーだよ。アンコールを聞いただろう?」
「それがどうかしたの?」コルネリウスは何も気づいていなかった。
「あの曲は、《悲しき歌》という曲だ」オーギュストは眉を寄せた。「あれを演奏できる人は、もはやこの世にいないといわれている。もともとロベールおじさまがアンコールで演奏していた曲だ。そして、おじさまは、シュリーにその曲を演奏する許可を与えた。しかし、二人とも、この世の人ではない・・・はずだ」
 コルネリウスは顔をくもらせた。
「しかし、あの曲を覚えている人は、何人も存在するだろう。シュリーは、あの曲を演奏したいいわけをどうするつもりなんだろう?」オーギュストが言った。「まさか、ユーフラジー=ド=ラ=ブリュショルリーは生きていました、と公表するつもりはないだろうからね」
 コルネリウスの表情が少し明るくなった。「それについては、心配いらないよ」
 オーギュストは問いかけるように兄を見た。
「ロベールおじさまは、亡くなる前、ぼくに《悲しき歌》の自筆譜を残した」コルネリウスが言った。「ぼくは、それをシャルロットに見せた・・・。それでどうだろう?」
「きみが持っていた?」オーギュストはびっくりしたように彼を見つめた。オーギュストの表情がゆるんだ。「・・・それが本当なら、シャルロットに早めにそれを言っておくんだよ。口裏を合わせる必要があるだろう?」
 コルネリウスはうなずいた。
「よかった・・・。これで、安心してサン=ナゼールに行ってこられるよ」
「留守の間は、かの女を頼む」コルネリウスがオーギュストに言った。「といっても、きみもかの女の近くにいるわけじゃないけどね」
「きみほど遠くにはいないさ」オーギュストが答えた。
 そして、彼は部屋から出て行った。
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