年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第45章

第803回

 コルネリウスは一人になると、引き出しの中から箱を取りだした。そこには、彼の大切なものがいろいろ入っていた。その中に、さっきオーギュストに話したロベール=フランショームから受け取った一枚の紙が入っていた。それは、クラリス=ド=ヴェルモンからの別れの手紙だった。そして、その裏にピアノ曲が書かれていた。
(いや、より正確に言えば、五線紙の裏にクラリスが手紙を書いたのであるが。)
 コルネリウスは、その曲を眺めた。その曲にはタイトルがなかった。クラリス自身は、曲にタイトルをつけていなかったのである。しかし、どう考えても、この曲には《悲しき歌》というタイトルが似合っていた。さっき、シャルロットが演奏したものが耳に残っている。彼は、その曲のメロディーを口ずさんだ。かの女は、弾きながら泣いていた。その理由は彼にはわからなかったが、かの女の演奏から感じられたのは、何か空洞のようなものだった。何かを失って、心にぽっかりと穴があいている・・・そんな気分が伝わってきた。ミュラーユリュードを去るのは、そんなにつらいことなのだろうか? それとも、何かを失おうとしているのか? 誰か、親しい人物が亡くなったとか・・・?
 彼は首を振って、その手紙を元通りたたんだ。
 次に、彼はもう一つの手紙を取りだした。それは、亡くなった父親の筆跡だった。

 
わが子、ドナティアン=コルネリウスへ
 わたしは、ド=ヴェルクルーズ家に伝わる言い伝えにしたがって、おまえが生まれたときに銀の指輪を作らせた。サイズは、おまえの母の薬指に入る大きさだ。たぶん、おまえの婚約者の指にぴったり合うことだろう。
 この指輪に関するド=ヴェルクルーズ家に伝えられている話をしよう。この指輪を指にはめた女性は、必ずそれに刻まれている名前の人間と結ばれる、というものだ。ただし、その男性が、自分の命よりも大事に思っている女性に贈らなければ、たとえその女性と結婚できても、その結婚は呪われるとも言われる。どんないきさつからそう言われるようになったのかは不明だが、我が家には代々そういう言い伝えが残されている。この指輪には、おまえの名前が刻まれているのだ。ド=ヴェルクルーズ家の男性は、ずっとその言い伝えに従っていたという。わたしは---たぶんおまえにもわかっているだろうが---おまえの母親にその指輪をプレゼントすることはできなかった。しかし、おまえには、婚約者に指輪を渡してもらいたい。そして、おまえにはわたしの分も幸せになってもらいたい。
 フランショーム家には、長い間<ザレスキー=フランショーム戦争>といわれる争いがある。たぶん、おまえもそれを聞いていることだろう。そして、おまえももう知っていると思うが、わたしの兄はその被害者の一人だった。兄は、ザレスキー家の女性を愛し、その女性も兄を愛したが、二人は結婚できなかった。・・・ところで、わたしは、その女性の弟と義兄弟の仲になった。わたしたちは約束した。次の世代で、この<戦争>を必ず終わらせる、と。そして、その印として、わたしの子どもと彼の子どもを結婚させようと誓った。その直後に生まれたのがおまえだ。たぶん、おまえは、その約束を果たすことになる子どもになるだろう。おまえは、いつか生まれてくるに違いないルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィルの娘さんと結婚することになるのだ。わたしは、おまえがその娘さんに、この指輪を贈ることになるだろうことを希望している。そうすることで、この<戦争>は終わる。どうか、わたしたちフランショーム一族すべての願いを叶えて欲しい。もっとも、わたしが頼まなくても、おまえはかの女に夢中になるだろうが・・・。それは、フランショーム一族に生まれてしまったおまえの運命だろう。
 どうか、かの女にこの指輪をわたし、わたしたちの夢を果たして欲しい。
 1896年12月16日 おまえの母親の誕生日に
アルトゥール=ド=ヴェルクルーズ



 その手紙と一緒に、小さな宝石箱が入っていた。かつてコルネリウスは、何度かそのふたを開けたことがある。彼は、指輪に触れたことは一度もなかった。銀が変色してしまうことを恐れたからである。
 しかし、彼は、ケースからその指輪を取った。
 彼は決心していた。
 あす、シャルロットにこの指輪を渡す。
 二人は、いずれ結婚するという約束を交わすのだ。
 コルネリウスは、その指輪を薬指にはめようとした。しかし、彼の指にはその指輪は小さすぎた。彼は、その指輪を左手の小指にはめた。その指にしか指輪は入らなかったからである。
「・・・でも、かの女には、きっと大きすぎるだろうな」コルネリウスは独り言を言った。
 そして、彼はあるものを探すために立ちあがった。
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