年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第45章

第806回

「わたしたちは、毎月5日のコンサートには、ほとんど顔を出しています」ショーソンが答えた。「もともと、エルネスト=マンソンは、クラリスの親しい友人でした。より正確に言えば、彼はかの女の養母フランソワーズ=ド=ラヴェルダンの友人だったんですがね。わたしは、彼の影響でクラリスの音楽を聞くようになりました。・・・あなたと初めて会ったとき、わたしたちは、コンサートの帰り道だったんですよ」
 シャルロットは驚いた。「そうだったんですか・・・」
「わたしたちは、クラリスが好きだったんですよ」彼がしみじみと言った。「わたしは、かの女とは直接の面識はありません。かの女の作品を初めて聞いたのは、1905年2月5日のことでした・・・」
 シャルロットの表情が少し硬くなった。
「それは、かの女の最後の作品となった<ディスクール=ダディユ>の初演の日のことです」彼が続けた。「あの日、指揮をしたのはエマニュエルじゃなかった。彼は、友人のヴァーク=ブーランジェを指名したんです。どうしてか知っていますか?」
「いいえ。でも、サンフルーリィ氏は、病気の奥さまのそばについていたかったんじゃありませんの?」
 彼は首を横に振った。「彼は、指揮したくなかったんですよ」
「どうして?」シャルロットは意外な答えに驚いた。
「マンソンは、あとになってどうしてエマニュエルに指揮をしなかったのかと訊ねたんです。彼自身が、『指揮をしたくなかったから』と答えたんですよ。そして、その理由を聞いたマンソンに、彼はこう答えたそうです。『あの作品は、あまりにもロビンを思わせるから』と」
「そんな!」シャルロットは思わず叫んだ。「違います。あの曲は、エマニュエル=サンフルーリィのために書かれたものなのに・・・」
「どういうこと?」彼は答えを促すように言った。
 シャルロットは唇をかんだ。
「あれは、ロベール=フランショームにあてた遺言状じゃなかったの?」彼はさらに訊ねた。
「いいえ、違います」シャルロットが言った。「あれは、クラリス=ド=ヴェルモンの人生そのものです」
 ショーソンは、シャルロットを見つめた。「面白い解釈だね。もう少し話してくれないか?」
「話すことなんかありません」シャルロットが答えた。
「あの初演のあと、ユーフラジー=ド=ラ=ブリュショルリーは、こう言ったそうだ。『おわりましたね、すべてが・・・。この曲は、<ディスクール=ダディユ(告別)>なんです。クラリスおばさまにとって、ステファーヌにとって、ユーフラジーにとって、そして・・・』」彼が言った。「そして、何だったんだろう? 話してもらえないだろうか、ユーフラジー?」
 シャルロットはしばらく黙って考えていた。
「・・・クラリス=ド=ヴェルモンは、口癖のようにこう言いました。『あなたには、まだわからないでしょうけど』と。わたしは、かの女にそう言われるたびに反発を感じました」シャルロットはようやく口を開いた。「今になって思うと、やはり、わたしは何もわかっていなかったんです。あと9年経てば、9年前に11歳だったとき、本当は何もわかっていなかったのに大きなことを言って・・・と思うに違いないわ。もう9年経って、かの女があの曲を書いたのと同じ29歳になっても、わたしには、かの女の本当の気持ちはわからないんじゃないかと思うわ。あのひとの29歳というのは、自分の死期を知った29歳なのよ。・・・かの女は、あの曲が自分にとってのレクィエムだということをよく知っていました。あの曲の底に流れているのは、自分の死を客観的に見つめられるような冷淡さなのだと言われたことがありました」
「冷淡さ?」
「かの女は、自分が死ぬのだということを、人ごとのように突き放す強さを持っていました。その強さというのは、それまでの29年の人生で、あらゆることを経験し、あらゆることに立ち向かい、抵抗したり屈服したりして味わってきた苦さ、つらさ、悲しみや苦しみといったものから生まれたものだと思うんです。でも、当時、わたしの人生は、そんなにつらくはなかった・・・。本当の苦しみから抜け出したことがない人には、クラリス=ド=ヴェルモンの作品の深さがわからないんです。その意味では、わたしは、まだまだ経験不足です」
 それを聞いて、ショーソンは思わずほほえんだ。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ