年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第二部」
第45章

第819回

 シャルロットは訊ねた。「あなたの言葉が過去形になっているのはどうしてですか?」
 エマニュエルははっとした。「・・・気づいていたんだね?」
 彼は少し考えてから、ゆっくりと話し出した。
「わたしは、クラリスを幸せにはできなかった」エマニュエルの口調は苦痛に満ちたものだった。「わたしは、ロビンがかの女を愛し続けていることに気がついていた。だから、彼をかの女から遠ざけようと思った。でも、いつの間にか、彼はわたしたちの生活に入り込んでしまっていた。わたしは、いつしか、かの女を疑うようになっていた。かの女は、わたしと結婚したことを後悔しているのではないか、わたしより彼を選ぶのではないか、と・・・」
 シャルロットはまた口をはさもうとした。
「嫉妬というのが大罪であることは、今のわたしには理解できる」エマニュエルが言った。「しかし、その嫉妬が何の根拠もないものだということが、当時のわたしにはわからなかった。わたしは、彼らの仲を疑った。二人は、わたしを裏切っているのではないか・・・。ロビンを見ているうちに、わたしは、それが事実であると思うに至った。わたしは、クラリスがロビンの子どもを身ごもっていると思いこみ、かの女を追い出してしまったんだ」
 シャルロットは息をのんだ。「まさか・・・」
「クラリスは、ローザンヌの弟夫婦の家に助けを求めた。そして、その家で、一人の女の子を出産した。その子は、クラリスによってユーフラジー=シャルロット=ステファニー=ド=サン=メランと名付けられた。シャルロットはクラリスの父親の名前、ステファニーはわたしの父親の名前に由来する。かの女は、自分の娘がわたしの本当の子どもだと表明したのだ」エマニュエルが言った。「しかし、娘は不慮の事故で命を失った。生まれてからわずか3週間後のことだった。わたしは、子どもの出産に立ち会うこともなく、子どもの葬式に出席することもできなかった。理不尽な嫉妬のため、わたしは罰を受けたのだ」
 そう言うと、彼は両手で顔を覆って泣き出した。
 シャルロットは、彼のそばにより、体をすり寄せながら言った。「・・・あなたは、もうじゅうぶんに罪を償った、とわたしは思います」
 彼は両手を降ろし、かの女を見下ろした。「わたしを許してくれるというの?」
 シャルロットは首を振った。「わたしは、あなたを許す立場にはありません。ただ、もうじゅうぶんだと思うだけです」
「あなたが許してくれるというのなら、わたしには、それでじゅうぶんだ」彼が答えた。しかし、かの女にはその言葉の本当の意味がわからなかった。
「シャルロット」エマニュエルが言った。「さっきの話、もう一度考え直してもらえないだろうか? どうか、かわいそうなあの子のかわりに、わたしの娘になってもらえないだろうか?」
 シャルロットは、思わず一歩後ろに下がった。
 エマニュエルには、かの女の出した答えがわかった。
「ごめんなさい、マーニュおじさま・・・。わたしは、あなたのユーフラジーの代わりにはなれません」シャルロットがささやくような小さな声で言った。「あなたが愛しているのはわたしではありません。あなたが本当にほしいのは、わたしではなく、亡くなったお嬢さんです。だから、わたしは、あなたの娘になることはできません」
 エマニュエルはうなだれた。
「ですが、正式な場では、ユーフラジー=シャルロット=ステファニー=ド=サン=メランと名乗ることにします」シャルロットが言った。「あなたは、名前を失ったわたしに、新しい名前を下さったのです。わたしは、あなたにふさわしい人間になりたいと思います。そして、新しい名前にふさわしい・・・」
 エマニュエルは、もう一度天に目をあげた。
 自分は、まだ罰を受けているのだ・・・と彼は思った。目の前に、自分の娘がいる。しかし、その子は、自分の娘にしたいという申し出を断わった。すぐ目の前にいるというのに、自分の娘と呼んであげることもできない。本当のことを話すこともできない。すべては、自分の罪の結果なのだ・・・。
「わたしが、あなたを本当に愛しているということだけは信じて欲しい」エマニュエルが言った。「あなたを、自分の娘と呼びたいと心から願っているということだけは・・・」
 シャルロットは、彼を後ろから抱きしめた。「・・・わたしが、あなたのユーフラジーだったら---本当のユーフラジーだったら、あなたを許していると言ってあげられたかも知れません。でも、わたしは、あなたの娘じゃありません」
 エマニュエルは身を翻し、かの女を抱きしめた。そして、つぶやいた。「クラリス、わたしは、この子を不幸にはしないよ・・・」
 シャルロットははっとして彼を見つめた。
「この子だけは、決して・・・」彼は繰り返した。
《クラリス、わたしは、きみを幸せにはできなかった。だが、この子だけは---わたしたちの娘だけは---きっと幸せにすることを誓う。証人になってくれるね、クラリス・・・?》エマニュエルは、ひまわりを見つめ、心の中で言った。本当は、声に出してそう言いたかった。しかし、それはできない。すべて、自分の罪の結果だった。自分はまだ罰を受けているのだ・・・。
 二人の横を、夏のさわやかな風が通りすぎていった。
 ひまわりが、風に揺れて立っていた。
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