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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第48章

第860回

 コルネリウスの方が先に目をそらした。彼は、また、門の中に目をやった。ノルベールは、コルネリウスの後ろ姿を見つめて考えた。彼は、フランソワ=ジュメールが言うように、少々警戒心が強いようだ。人は、容易には彼の心の中に入れないだろう。彼は、たとえて言うならば、野生のオオカミのような人だ、とノルベールは思った。絶えず脅えていて、いつも牙をむき出しにし、相手に隙を見せまいとしている。シャルロットは、どうやって、こんな人物を子犬のように慣らしてしまったのだろう? いや、シャルロットが相手なら、たいていの人は警戒を解いてしまうだろう。この自分だって・・・。
 コルネリウスは、突然振り返った。
「お願いです、ここで会ったことは、誰にも言わないで下さい」
「どうしてですか?」
「・・・やはり、だめですか?」コルネリウスは、一瞬だけうちひしがれた表情を浮かべた。しかし、彼はすぐにその表情を消した。
 そして、彼はもう一度門の中を見て、つぶやいた。
「・・・ここに来たかったんです。望みは叶いました。ぼくは、帰ります」
「帰る?」ノルベールが繰り返した。「・・・いいえ、このまま帰ってはいけません。あなたには、ほかに行きたいところがあるんじゃないんですか?」
「行きたいところ?」
「いいえ、行かなければならないところです」ノルベールが言った。
 コルネリウスは、もう一度ノルベールの方を見つめた。
「あなたは、たくさんの人から愛されている。彼らは、あなたに会いたがっているはずです。特に、今、グルノーブルにいる女の子は」ノルベールが言った。「せめて、かの女に手紙を出して下さい。かの女は、あなたが会いに来ないのを知ったら、がっかりすることでしょう」
 コルネリウスは無意識に左手首をさすった。そこには、シャルロットが渡した黒いリボンが巻き付けてある。服の上からそれを見ることはできないので、ノルベールには、その動作が意味するものが何かわからなかった。
 コルネリウスは静かにこう言った。「会う必要はありませんよ」
《なぜならば、ぼくたちはいつでも一緒だから》コルネリウスの表情から、ノルベールはその言葉を読みとった。
 そのとき、道路の反対側から、男性の声がした。
「マルフェ?」
 コルネリウスは、その声を聞くと、とっさに逃げ出した。フランソワ=ジュメールの声だとわかったからだ。コルネリウスは、今は誰にも会いたくなかった。
「マルフェ! 待て! どうして逃げるんだ?」フランソワは叫んだ。
 しかし、フランソワはコルネリウスを追いかけなかった。彼は、ノルベールに気がつくとその場に立ち止まり、ノルベールに向かって会釈した。
「マルフェと、話をされたんですね?」フランソワが訊ねた。「彼は、何か言っていましたか?」
「ここで見たことを、誰にも言うな、と」
 フランソワはうなずいた。「いかにも彼らしいせりふだ」
 そして、フランソワは、門の柵ごしにまっすぐ右手を伸ばした。
 その指さす先には、大きな銅像があった。
「あれが、エティエンヌ少年---パトリックとシャルロットの像です」
「<ピエタ>ですか?」ノルベールが訊ねた。
「いいえ。<イカルスとダエダロス>というタイトルの銅像です」フランソワが言った。
「<イカルスとダエダロス>?」ノルベールは不思議そうに繰り返した。
「ええ」フランソワがうなずいた。
 そして、フランソワはほほえみを浮かべた。「ぼくは、あの像の説明がしたかったので、あなたを追いかけたんです。さあ、中に入りましょう」
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