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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第48章

第864回

 話を黙って聞いていたリオネルは、ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーにノルベールを会わせるということはかなり難しいことに気づいた。
 彼が聞いた話では、そのアレクサンドリーヌ夫人は、何物かに毒殺された。そして、彼の娘は不可解な交通事故でなくなっている。その犯人はまだ捕まっておらず、彼は自分の個人的な過去の話を出されることは好まない。現在では、いとこの娘で、今は義兄の養女になっているシャルロット=ド=サン=メランを亡くなった娘同様にかわいがっていることは周知の事実だが、その少女を彼の娘と同一視しようとする人にはかなり厳しい態度を取るところから、もしかすると二人は同一人物では・・・?という疑惑が研究所でもささやかれてはいるが、表だって誰も何も言わない。
 リオネルは、ロジェにその噂の真偽を聞いたことがある。そのとき、ロジェはこう答えている。
『ドクトゥールが否定しているのだから、シャルロットは彼の娘ではない。彼は嘘つきではないからだ。だが、かの女は、弟の婚約者だ。少なくても当事者二人は、自分たちが婚約していると考えている。だとすると、真実はどこにあるのだろう?』
 リオネルは笑ってこう答えた。『シャルロットが二人いるということさ。一人は彼の娘で、もう一人はそうではない。しかし、そんなことはありえない』
 その話はそれきりになっているが、どう考えても誰かが嘘をついていなければ、この命題は成り立たない。
「ドクトゥールが話をするとしたら、それをもらさないということを求められるだろう。だが、きみは小説を書こうとしている。きみは、聞いたことを書かないわけにはいかない。その二つを同時に満たす公式があるだろうか?」リオネルが言った。
「だから、さっきも言ったじゃないか。<そよかぜ>をアレクサンドリーヌ夫人と結びつけるようなエピソードをなるべく減らして書くことだ」ロジェが言った。「聞いても、そのうち30パーセントくらいしか書かない」
「それでも、聞きたいんです。たとえ書くなと言われても」ノルベールが強い口調で口をはさんだ。「ぼくは、知りたいんです。そよかぜのことを、すべて」
「たとえ書くなと言われても・・・?」リオネルが言った。「いや、きみは書くだろう。なぜならば、きみは小説家だからだ」
 ノルベールはグラスをからにした。そして、しばらくその空のグラスを見つめていた。
《そうだろうか?》ノルベールは心の中で自問自答していた。《ぼくは、何のために知ろうとしているのだろう?》
 グラスが答えを出すわけはない。それでも、彼はグラスを見つめ続けた。
 リオネルとロジェは、黙ったままその様子を見つめていた。
 やがて、ロジェがリオネルに言った。
「・・・この人は、書くなと言われれば書かないだろう。彼を見ていると、そんな気がするよ」
 リオネルは首をすくめた。「ばかな」
 それでも、ノルベールはぼんやりとグラスを見つめ続けた。
《ぼくは、書きたいんだろうか? それとも、知りたいんだろうか?》ノルベールは考え続けた。《間違いない。ぼくは、書くことができないとしても、知りたいという気持ちを否定はできない・・・なぜならば・・・》
「・・・なぜならば、ぼくは、小説家にはなれないから・・・」ノルベールは気づかないうちにそう口にしていた。
 リオネルはぎょっとしたようにノルベールを見つめた。「何だって?」
 ノルベールは、はっとして顔を上げた。彼は、自分がいつの間にか声を出していたことに気づいた。
「きみは、小説家じゃないか?」リオネルが言った。
 ノルベールは思わず下を向いた。しかし、彼はその顔をすぐに上げた。「ぼくは、小説家です。でも、将来もそうであるとは思えないんです」
「きみには才能があるよ」リオネルが言った。「決してお世辞じゃない」
「でも、もし、ぼくがその道を離れることを選択したら?」ノルベールが言った。
「選択する意志があるのかね?」ロジェが口をはさんだ。
 ノルベールはちょっと黙った。そして、こう言った。「正直に言うと、悩んでいます。ぼくは、文章を書くことが好きですが、必ずしも自分の言葉で表現することにはこだわりがありません。将来、小説家と呼ばれたいのか、学者と呼ばれたいのか、自分ではまだわかりません。わかることは・・・」
 そう言って、彼はちらっとリオネルの方を見た。「さっき、先輩が言いましたよね。小説家なら、書かずにはいられないと。ですが、学者ならたとえ書かなくても、知らずにはいられないと思います。そして、ぼくは、たとえ自分の言葉で発表できなくても、すべてを知りたいと願っています。これは、小説家の特性ではありません」
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