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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第49章

第871回

 シャルロットは、ヴェルネ夫人から手書きの楽譜を受け取った。
「マダム=フランクが、これをご所望なの」ヴェルネ夫人が言った。「これは、お友達からの誕生祝いよ」
 シャルロットは楽譜を開き、フランソワーズ=ド=ラヴェルダンの手書きの文字を見た。そして、楽譜に目を通した。
 その音楽は、ホ長調で書かれていた。右手で旋律と伴奏を両方受け持ち、左手で根音を演奏するその形は、ショパンの第三番の練習曲に似ていた。メロディーの優しさを考えると、ラヴェルダン女史はショパンの練習曲をどこかで意識していたに違いない。調まで同じところを見ると、その仮説はほぼ正しいだろう。しかし、シャルロットは思った。この曲は、もともとピアノとヴァイオリンのために書かれたものではなかったか。このメロディーは、ピアノよりも、ヴァイオリンとかチェロのような楽器で演奏する方がふさわしい。その点、ショパンの音楽とは趣が異なっている。
 シャルロットは、その楽譜をサヴェルネ夫人に見せた。そして、楽譜を指さしながらかの女に小さな声で説明した。シャルロットは、メロディーをヴァイオリンで演奏し、サヴェルネ夫人に伴奏をさせようと思ったのである。
 サヴェルネ夫人は、シャルロットの説明を聞き、その意図を正確に読みとった。かの女も楽譜をのぞき込んだ結果、シャルロットと同じ結論に達した。そして二人は、時間の許す限り楽譜を見つめ続けた。
 ヴェルネ夫人はその様子を眺めていた。かの女は、シャルロットがケースからヴァイオリンを出し、調弦を始めるのを黙って見つめていた。その光景は決して珍しいものではない。この家には、弦楽器奏者が二人も住んでいる。しかし、シャルロットがヴァイオリンを持つ姿は、ヴェルネ夫人にも驚きをもたらした。ただの調弦なのに、どうしてこんなにどきどきしてしまうのだろう?
 そのとき、しわがれた声がした。「こんにちは、みなさん」
 シャルロットは手を止めた。そして振り返った。
 ひとりの女性がヴェルネの腕に抱えられていた。かの女の背丈はほぼヴェルネと同じくらいだったが、彼よりずっと細身だった。かの女は亜麻色の長い髪を三つ編みにして頭の後ろにまとめていた。顔は熱のために少しぼうっとしているように見える。その目は、蜂蜜の入った透明な瓶を太陽にかざしたような色をしていた。鼻筋が通っており、どちらかというと小さな唇をしている。若い頃は、さぞかしきれいなひとだったことだろう、とシャルロットは思った。
「大丈夫ですか、マダム=フランク?」サヴェルネ夫人が言った。
「ええ、大丈夫」かの女は鼻声で答えた。
「今日は、特製のスープをお持ちしました。風邪をひいているときにぴったりですわ」サヴェルネ夫人がキルトに包んだ鍋をさしだした。
「ありがとう、ロッティ。あなたのスープは最高だわ」かの女はほほえんだ。「お昼にいただくことにするわ」
 それを聞いて、サヴェルネ夫人はうれしそうにうなずいた。
「・・・こちらが、例の・・・?」
「ええ、弟子のシャルロット=ド=サン=メランです」サヴェルネがフランク夫人に紹介した。「ナターリア=スタニスワフスカの養女だった子です。そして、去年のジュネス=コンクールで・・・」
 フランク夫人はほほえんだ。「ええ、ステージを見ましたわ。第一次予選からずっとよ。でも、あなたがヴァイオリニストだと聞いて、本当に驚いたわ。わたし、今年のジュネスを見るまで、信じられなかったのよ・・・」
 シャルロットはほほえんだ。
「・・・あなたが、ジョゼフのところで修行をしているという噂を」フランク夫人が言い終えると、サヴェルネが笑った。
「噂じゃありません。本当のことですよ」サヴェルネが言った。「この子は、わたしがポーランドから連れてきた子です。わたしがかの女に初めて会ったとき、かの女はヴィエニャフスキーの2番のコンチェルトを演奏していたんです」
 それを聞いて、フランク夫人は目を丸くした。「まあ、ヴィエニャフスキーの2番ですって?」
 それから、かの女はシャルロットに言った。「あなた、ウワデクにはあまり似ていないわね」
 シャルロットはなるべく表情を変えまいとして、目をあちこちにさまよわせた。
「むしろ、エマニュエル=サンフルーリィに似ているわ」
 それを聞くと、シャルロットは思わず驚きの表情を顔に浮かべてしまった。
「だから、彼はあなたを養女にしたのね」フランク夫人はそう結論づけた。「あなたは、彼に似ているわ。いいえ、むしろ、クラリスに・・・」
 フランク夫人は思わず涙ぐんだ。「・・・そうよ、あなたは、子どもの頃のクラリスにそっくりだわ」
 それを聞くと、ヴェルネ夫人の表情も変わった。いとこのクラリス=ド=ヴェルモンに似ているんですって?
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