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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第5章

第84回

 1894年8月25日土曜日。
 この日、シャンベリーのド=ティエ=ゴーロワ家の庭で、クラリス=ド=ヴェルモン作曲<交響曲”愛”(サンフォニィ=ダムール)>の初演が行われた。聴衆はゴーティエとマルグリート兄妹のみで、演奏者の方が多いという異例のコンサートであった。
 コンサートが終わった後のステージで、クラリスは、たった二人の聴衆に向かって挨拶した。
「・・・この曲は、アレクサンドリーヌ=ド=ティエ=ゴーロワに献呈する予定です。誰よりも、かの女にこの場にいて欲しかった・・・」クラリスは、そう言ったとたん涙ぐんだ。
 指揮者のエマニュエル=サンフルーリィは、クラリスの肩を抱いた。
「・・・大丈夫、リネットは、元気でいますよ・・・」エマニュエルが全員に聞こえるくらいの声で言った。
 ゴーティエがうなずいた。
 オーケストラの団員たちは、かわるがわるクラリスの元に駆けつけた。
 その晩は、全員で初演記念とオーケストラ解散の送別会を行った。
 翌日、クラリスを除く全員が出発する予定になっていた。
 クラリスは、ゴーティエ・ジュヌヴィエーヴと並んで門まで見送りに出た。
 ほぼ8割の人間がその場を去った後で、元コンサートマスターとナターリアが並んで彼らの前に出た。
「わたしたち、結婚します、クラリス」スタニスワフスキーが言った。「わたしたちを結びつけてくれたあなたと<サンフォニィ=ダムール>に感謝しています」
「お幸せに」クラリスが彼に言った。そして、ナターリアを抱きしめた。「さようなら、ナターシャ」
「さようならなんていや。わたしたち、また会えるわ」ナターリアの美しい目に涙があふれた。
「そうね、また会いましょうね」クラリスはもう一度ナターリアを抱きしめた。
 二人はちょっとの間見つめ合った。二人とも同時に同じ不安を抱いていた。このまま二度と会うことはできない・・・これが最後の別れになる・・・なぜか二人ともそう感じていたのである。クラリスは無意識に「さようなら」という言葉を口にした。ナターリアもその言葉に反応した。『さようなら』と言われたら、もう二度と会えない・・・。ナターリアは意識的にクラリスの言葉を否定した。そうしなかったら、本当に二度と会えなくなりそうな気がしたのである。
「生きていれば、きっと、また会えるわ」ナターリアが言った。かの女は、兄や姉と別れるときにもそう言ったことを思いだしていた。そうなりますように・・・。かの女は心から願った。
「スタニスワフスキーさん、ナターシャをお願いしますね」クラリスは、ハンサムなコンサートマスターに言った。
 彼は真面目な顔でうなずいた。
 二人が去ると、クラリスはエマニュエルの方を向いた。
 エマニュエルはほほえんでいた。クラリスは、涙をぬぐってほほえみかえした。
「ありがとう、エマニュエル・・・何もかも、あなたに感謝しています・・・」クラリスが言った。
「わたしのほうこそ、あなたにお礼を言わなければならないのに」エマニュエルが言った。「こんなすてきな曲を演奏できて幸せです。ただ・・・」
 そう言って、エマニュエルはクラリスを見つめた。クラリスは、心の中で続きを言った。
『ただ、この曲がわたしのために作られたものだったら、もっと幸せだったのですが・・・』彼の目は、あきらかにそう語っていた。
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