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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第49章

第879回

 フランク夫人は、演奏している少女を見つめつづけていた。
 シャルロットは、ヴァイオリンを自分の体の一部のように扱っていた。そして、その歌は、かの女の心の叫びだった。恐らく、かの女には大人の恋がどんなものか、まだわからないだろう。しかし、この音楽は、そんな大人の恋とは無縁の、ただただ純粋な少年少女の恋物語だった。
 この音楽と出会った頃のテオドール=フランク自身のような。
 この音楽を演奏していた頃のマリアンヌ=ティボー自身のような。
 シャルロットには、本能的にわかるのだろう。この音楽が、ひたむきに一人の少年をしたっていた少女の思いを描いたものだということが。戦争に行って帰ってこない幼なじみを、初恋の相手をただ慕い続けて待っている少女の淡い恋心を、この女の子は理解している。
 そして、マリアンヌを愛して、かの女にひたすら自分の思いを募らせていく不器用な少年のような一人の男の気持ちを、この女の子は理解している。
 この音楽には、こうした二つの恋物語が描かれている。
 そして、二通りの悲しい結末が。
 少年は、戦争に行き、二度と帰っては来なかった。
 男は、失恋し、悲しい思いで故郷へと戻っていった。
 フランク夫人は目を閉じた。
 今のかの女にはわかる。
 あのとき、テオドールがどう思っていたのかが。
 彼は、自分を愛していると訴え続けた。ただヴァイオリンの音色だけを通して。そして、その気持ちが通じてほしいとただただ願い続けた。
 しかし、幸せな時間が過ぎ去った。演奏会は終わった。彼は、故郷へ帰らなければならない。
 彼は、一人で帰りたくはなかった。なぜならば、彼が一緒に人生を送ろうとしている相手が目の前にいるから。
 彼は、かの女を連れて帰るつもりだった。
 そのためには、言葉に出して自分の思いを告げなければならない。
 自分は、どんなにかの女を愛しているか。それを表すのが、あの抱えきれないほど大きな花束だった。
 しかし、彼が心を奪われている女性は、その花束を彼の目の前で床に投げ捨てた。
 彼は、自分の思いを打ち明けるどころか、ほんの一言を口にすることさえできなかった。あっというまに女性は、彼の前から---そして、彼の人生からも---走り去っていった。
 彼の心は砕け散った。あのかわいそうな花のように・・・。
 フランク夫人の目から涙があふれ出た。
 ああ、自分は何というひどいことをしてしまったのだろう! あの人は、あんなに自分を愛してくれていたのに!
 音楽が終わったとき、フランク夫人のすすり泣きだけが室内に響き渡った。
 それを見て、シャルロットはショックを受けた。
 かの女は、ヴァイオリンを握りしめたままフランク夫人の元へ駆け寄った。そして、かの女の足元にひざまずいた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」シャルロットはそう言いながら涙をこぼした。
「何を言うの、クラリス?」フランク夫人が鼻をかみながら言った。「あなたは、ちっとも悪くないのよ。あなたが悪いんじゃないわ」
「この子はクラリスじゃないよ」フランク氏がそう言いながら近づいた。
 フランク夫人は、毛布に顔を埋めて泣き出したシャルロットの頭を優しくなでながら言った。「そうね。でも、思い出してしまったわ。クラリスは、よくこうしてわたしの膝元に来て泣いていたわ。そして、わたしはよく言った。『あなたが悪いんじゃないのよ、クラリス』ってね」
 そして、フランク夫人はほほえんだ。「かの女は、本当に泣き虫だったのよ。この子にそっくり」
 そう言うと、かの女は咳き込んだ。
 フランク氏が近づくと、ヴェルネ夫人はさっと立ちあがった。あいたそのスペースにフランク氏が座った。そして、かの女の背中を優しくさすった。
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