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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第5章

第89回

 アレクサンドリーヌの方が先に意識を取り戻した。目以外の部分が包帯に覆われていたので表情はわからなかったのだが、すみれ色の目は、三人に気がつくと涙で潤んだ。
「リネット!」ゴーティエが叫んだ。「よかった、気がついたんだね・・・」
 ジュヌヴィエーヴも泣いていた。「生きていてくれて、よかった・・・」 
 その言葉を聞くと、アレクサンドリーヌは首を横に振った。
 それを見て、クラリスは思わず両手で顔を覆った。
 医者が、アレクサンドリーヌに訊ねた。「あなたの名前は、アレクサンドリーヌですか?」 
 アレクサンドリーヌはうなずいた。
「この人たちに、見覚えがありますか?」
 アレクサンドリーヌは再度うなずいた。
「・・・包帯を取り換えましょう」医者はそう言うと、頭の包帯を取った。最初に、ブロンドの髪が見え、頭の形、顔の輪郭がしだいに現われた。「・・・顔の傷は、いずれ治ります。心配いりません。ただのかすり傷です」
 ゴーティエはほっとしたように妹を見た。
「ですが、体の方の傷は、いくつか残るだろうと思います。何針も縫っていますから・・・」医者が言った。「傷跡は、服を着ていればわからない個所だけです。大丈夫、かの女は美女でいられますよ」
 後ろの方で、あのときの青年が目に涙をためてそれを聞いていた。
「・・・クチュリエ君、きみが泣くようなことじゃないだろう?」医者が青年に声をかけた。「まったく、きみは心配性だねえ。大丈夫だと言っていたのに・・・?」
 クラリスは、青年の方を見た。
「よかったですね」青年がクラリスにほほえみかけた。
「これまで親切にしてくださってありがとう」クラリスが彼に言った。「あなたは、クチュリエさんとおっしゃるんですね。わたしはクラリスと申します」
 青年は、恥ずかしそうにクラリスと握手した。「イアサント=クチュリエと申します」そう言うと、彼は真っ赤になった。
 医者は、怪我の経過を見ると後はクチュリエに任せて部屋を出て行った。
 クチュリエ青年は、手当をして、包帯を元のように巻いた。
「あなたは、お医者さんなんですか?」クラリスが訊ねた。
「医者の卵です」青年が答えた。「ここでの実習が終われば、10月からサン=ジェルマン=アン=レーの病院に勤務することになっています」
「あなたは、きっと、いいお医者さんになるわ」クラリスが言った。
 青年は答えた。「あなたは、文字を書く仕事には向いていないみたいですね。本当に記者をめざしているんですか?」
 クラリスはほほえんだ。「わたしの仕事は、音符を書くことよ」
「作曲家なんですね?」青年もほほえんだ。
 クラリスはにっこりした。「わたしも、作曲家の卵よ。7月に音楽院を卒業したばかり」
 アレクサンドリーヌは、ちいさな声で言った。「・・・このひとは、ただの卵じゃない・・・」
 全員がびっくりしたようにアレクサンドリーヌを見た。
「だけど、わたしは・・・」アレクサンドリーヌが口ごもった。「・・・わたしは、なぜ死ななかったの?」
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