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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第52章

第924回

「死者は、ベルンハルトだけだ」ドクトゥールは正直に答えた。「ただし、ほかの人も重体だ」
 アレクサンドルの顔がくもった。彼は目を閉じた。祈っているようだった。
「こんなことになるなんて!」シャルパンティエ夫人がいらいらしたように言った。「わたしは、あなたを連れ戻しに来たんです」
 アレクサンドルは、びっくりしたように母親を見つめた。「どうして、ぼくが帰らなくてはいけないの? だいたい、家に戻ってくるなと言ったのは、あなたです、ママン」
「こんなところにいたら、殺されるのは時間の問題だわ」
 その場にいた全員が笑い出した。
「殺される?」アレクサンドルは目を丸くした。「逆でしょう?」
「逆?」
「殺されることを心配するのは、むしろ、ドクトゥールの方です」アレクサンドルが言った。「彼は、ぼくたちみたいな未熟者がどんなひどい失敗をしようと、実験につきあわされるのですから」
「失敗?」
「今度の実験は、ぼくたちが計画して、ドクトゥールに立ち会ってもらったんですよ」
「まさか。信じられないわ」シャルパンティエ夫人が言った。
「信じないのは、あなたの自由です、マダム=シャルパンティエ」ダルベールが言った。「真実は一つです。それは、みなが口をそろえて言ってきたことです。ぼくたちが口裏を合わせていないことは、彼の証言を聞けばわかると思います。ごらんのとおり、ぼくたちは、あなたが聞いたこと以外、彼には話していません。ですから、彼の話を聞いてください。ぼくたちが嘘を言わなかったことはわかるはずです」
「アンブロワーズ、わたしは、あなたが嘘つきだとは言っていないわ。信じられないと言っただけ」シャルパンティエ夫人が言った。
「信じないのは、あなたの自由ですがね」ダルベールはつぶやいた。
「どうやら、話し合うことはもうなさそうですね」ドクトゥールが言った。「部屋に戻ってもいいでしょうか?」
 シャルパンティエ夫人はさっと顔を上げた。
「いいえ、お話は、まだ終わっていませんわ」
 その言葉を聞き、ドクトゥールは怪訝そうにかの女を見つめた。
「わたしたちは、あなたの責任問題について話し合わなくてはならないわ」
「そうでしたね」ドクトゥールは穏やかに言った。「そうですね、治療費の問題として、あなたが彼を連れ帰る場合、かかった費用はすべてこちらで出しますので、あとで請求書を送って下さい」
「ドクトゥール!」アレクサンドルが叫んだ。
「それ以外には、こちらには責任はないはずですが」ドクトゥールが続けた。
「責任がない・・・!」シャルパンティエ夫人は絶句した。
「マダム=シャルパンティエ、あなたが責任とおっしゃるなら、わたしにだって言い分はあります」ドクトゥールが言った。「今、サンディが言った通り、今度の実験の責任は、むしろ彼の方にあります。彼は実験の当事者の一人ですし、そのことは、研究所の全員が証人です」
「わたしは、認めた覚えはありませんが」シャルパンティエ夫人は冷たい口調で言った。
「でも、事実です」アレクサンドルが言った。
「あなたは黙っていなさい、サンディ」シャルパンティエ夫人は息子を叱った。「わたしは、ドクトゥールと話をしているのです」
 ドクトゥールは椅子からさっと立ちあがった。「話を続けていいでしょうか?」
「どうぞ」シャルパンティエ夫人は、ドクトゥールの方に向き直った。
「・・・したがって、彼は、この建物を壊した責任者でもあります。わたしは、わたし自身の治療費のほか、建物の修理代を請求する権利があるはずです。あなたがどんなに腕のいい弁護士を頼んだとしても、裁判所は、わたしの味方になってくれるでしょう」
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