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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第52章

第926回

 ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーは、自分の部屋の窓からシャルパンティエ母子が出て行くのを見送った。
「・・・いいんですか、ドクトゥール?」リオネル=デルカッセが、彼の後ろ姿に向かって声をかけた。
 リオネル=デルカッセは、代々続いた医者の家系に生まれた。デルカッセ一族の中でも、彼の祖父にあたるギヨーム=デルカッセは、スイスで名医と呼ばれる内科医で、ドクトゥールの父親や祖父は彼の患者であった。さらに、彼はローザンヌ大学で短期間教えたことがあり、ドクトゥールはその時の学生の一人であった。ドクトゥールは、かつての師から孫を依頼され、とりあえず<ドクター=チーム>と呼ばれる医者たちのグループに彼を預けた。そして、その存在を忘れ去っていた。
 その点、リオネルは、同じスイスからやってきた天才少年ベルンハルト=ショットとは全く違った存在だった。ベルンハルトのほうは、研究所にやってきたときから頭角を現し、数々の実験を行いながら論文をまとめていた。彼がすぐれた存在であることを知らぬものは誰もなく、研究所内でも破格の扱いを受けていた。一方、リオネルのほうは、平凡な医者の一人に過ぎなかった。しかも、必要以上に研究所で時間を過ごさない彼は、影が薄い存在だったし、そうであることを彼自身が望んでいた。こうして、リオネル=デルカッセは、医者として最小限の仕事をしながら、小説家として<ヴァンティエーム=シエクル>誌の編集に時間を割くことができたのである。彼は、そうしながら、父親から課せられた課題をこなそうとしていた。その課題とは、<将来、どちらの道に進むか選ぶこと>であった。そして、その答えはまだ出ていなかった。彼自身、その課題に真面目に取り組んでいるとは言えなかった。
 その状況は、4月初めに急展開した。グルノーブルからやってきたノルベール=ジラール(ベネディクト=リュミエール)をドクトゥールに紹介するという任務をこなしたとき、ドクトゥールは彼の存在に興味を持ち始めた。ドクトゥールは、彼が有能な秘書であることに気づいたのである。彼は、内科医となるか小説家になるか決めかねていたが、ドクトゥールが見たところ、彼には内科医よりも秘書としての適性があるように思えた。こうして、<ドクター=チーム>の平凡な内科医は、とつぜん日当たりのよいところに出されたのである。わずか2ヶ月足らずで、彼はマドレーヌ=フェラン亡き後空席になっていたポジションにおさまった。ドクトゥールは、自分の秘密の一部を知っていて、その秘密をかたく守っている彼を信頼し始めていた。
 ドクトゥールは、彼に話しかけられ、振り返った。その表情には、あきらめが浮かんでいた。
「仕方ないだろう」
 リオネルも窓際に寄った。「・・・あの分じゃ、彼は、本当に戻ってきませんね」
「そうだろうね」
「それどころじゃなくて、このままじゃ、シャルパンティエ一族との溝がますます深くなる恐れさえあります」
「そうだろうね」
「ドクトゥール!」リオネルは、心配そうな声を出した。
 ドクトゥールは、真剣な顔をした。「シャルパンティエ家の人間とは、ここ数年、うまくいっていなかった。それは、独立しようとしていたアレクサンドルを、ほかの研究者たちが裏切り者呼ばわりしたからだ。被害者は、むしろ、裏切り者となってしまったアレクサンドルだった。マルグリート=シャルパンティエは、そうしたわけで、わたしたちをひどく嫌っている。サンディが研究者になりたいといったとき、一番反対したのはかの女だったと聞いている。あの様子を見れば、噂通りだったろう。しかも、彼がここに来たいといったとき、わたしたちの中にも彼を受け入れまいとした人がいるのも知っている。わたしは、彼が、そうした人たちの心を動かしてくれると信じていた」
 リオネルの唇の端が少しゆるんだ。「かの女はマクベス夫人だ、とささやかれていたそうですね」
 ドクトゥールは少しだけ驚いた表情を見せた。「そんなことをきみに吹き込んだのは、どうせロジェだろう?」
 リオネルの顔は完全にゆるんだ。「はずれ。ドクトゥール=ダルベールに聞いたんです」
 それを聞くと、ドクトゥールの顔にもほほえみが浮かんだ。
「かの女を実際に見たのは初めてですが、ドクトゥール=ダルベールの観察力も、かなり説得力があるものに思えました」リオネルは真面目な顔で言った。
 ドクトゥールは、自分の椅子に腰掛けた。そして、ほほえみながら言った。
「では、アンブロワーズの考えとやらを説明してもらえないかな?」
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