FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第52章

第931回

 ドクトゥールは、リオネルの目をまっすぐに見た。「わたしは、シャルロットにこの研究所を託したいと思っている。かの女は、わたしの正当な相続人ではないが、一番近い親戚であるのは間違いない---これ以上詳しいことは話させないで欲しい、リオネル。これは、シャルロット当人を含め、誰にも話したことがない秘密なんだ」
 リオネルは黙ってうなずいた。
「わたしは、かの女を娘以上の存在だと思っている。かの女は、わたしのせいで殺されかけたのだから・・・」ドクトゥールの言葉が一瞬途切れた。「・・・この研究所をかの女に相続させることは、わたしにとって、かの女に対する償いなのかもしれない。もちろん、かの女は研究所とは何の関係もない職業を選択するだろう。しかし、かの女の夫となる人間は、必ず研究者としての道に進むはずだ」
「・・・コルネリウス=ド=ヴェルクルーズのことをおっしゃっているのですね?」リオネルが訊ねた。
 ドクトゥールはうなずいた。「わたしは、アルトゥールの息子がここを継ぐことになることを期待している。そして、それは、ジュヌヴィエーヴに---そして、アルに---対する償いにもなるだろう」
 リオネルは、後にこの言葉を思い出し、ドクトゥールの真意を知ることになる。
「・・・でも、もし、かの女が彼と結婚しなかったら?」リオネルが訊ねた。
「そのときは、ブリューノとアンブロワーズが共同経営することになるだろうね」ドクトゥールが答えた。「今までもそれでうまくいっていたから、その考えが一番現実的な解答となるだろう」
「でも、もし、彼らが独立しようとしたら?」
 ドクトゥールは少し考えた。「ありえないことではないね。わたしの初期の弟子たちのうち二人が独立しているからね。残りの二人も独立しないとは言い切れない」
 そう言うと、彼は声を潜めた。「・・・誰がここを去るとしても、アンブロワーズだけは、何があってもここを見捨てない。たとえ、シャルロットがコルネリウスと結婚したあとも、彼だけはここに残るだろう。しかし、わたしがこう思っていることは、秘密にしてもらいたい」
「この話が広まると、造反者が出るとお考えですか?」リオネルも声を潜めた。
 ドクトゥールは普通の声に戻った。「子どもというのは、いつか、親元を離れていくものだ。ここを出ることは、造反行為とは言えない。その意味で、わたしたちがアレクサンドル=シャルパンティエにしていることは不当なことだ。だからこそ、わたしは、サンディをここに迎え入れたのだ。研究所というものは、もっと開かれた場所であるべきなのだ」
 リオネルはうなずいた。
「だから、わたしは、たった一人ここに取り残されることになったとしても、誰のことも恨んだりはしない。もともと、わたしは一人でここを始めたのだ」そう言うと、ドクトゥールは首を振った。「・・・いや、違う。アンブロワーズだけは最初からわたしと一緒にいてくれた。研究員ですらない、わずか15歳の高校生に過ぎなかったがね」
「あなたにとって、ドクトゥール=ダルベールは、息子以上の存在なんですね?」
「フランショーム一族の息子だな」ドクトゥールは笑った。「娘がいたら、彼と結婚させたかったよ」
「それを聞いたら、彼は喜ぶでしょうね」リオネルが言った。
 ドクトゥールは首を横に振った。「迷惑に思うだけだと思うよ」
「なぜ?」リオネルは怪訝そうな顔をした。
「わからない?」ドクトゥールは首をかしげた。「ほんとうにわからない?」
 リオネルは、ちょっと間をおいたあと、ゆっくりと首を振った。
「信じられません。ですが、あなたのおっしゃることが仮に正しいとすれば・・・彼にとって人生とは、掛け違えたボタンのようなものなんですね」リオネルが言った。
 ドクトゥールはほほえんだ。「きみは、やはり小説家なんだね」
 そう言うと、彼は真面目な顔で言った。「わたしは、息子には無事で生きていてもらいたいと願っているんだ。それ以上の希望は持っていない。なんせ、わたしたちは、ずっと命を狙われてきたからね」
「そして、今も・・・ですか?」
「今度のこれは、単なる事故だ」ドクトゥールが言った。「みな、なぜ、事件のように扱う? エリヴァン氏の影響かね?」
 リオネルは笑い出した。「事件ですよ。ただの事故でニトログリセリンが爆発するものですか」
「まさかきみまで、陰謀説を支持していたとは」ドクトゥールはあきれたように言った。
 リオネルは首を振った。「いいえ、陰謀だとは思っていません。事件だと思っているだけです」
「どちらにしても、わたしは、そう簡単には死なないよ」ドクトゥールが笑いながら言った。
「ぜひ、そうあってほしいものですね」リオネルも笑った。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ