FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第52章

第932回

 ドクトゥールとリオネルが一階に下りてきたとき、階段のところにダルベールがいた。
「今、食事の案内をしようと思っていたところです」ダルベールが二人に言った。「食堂の準備ができているそうです」
 ダルベールは、二人が彼の後ろの何か---あるいは誰か---を見ていることに気づき、振り返った。
 そこに立っていたのは、不安そうな顔をしてバラの花束を抱えて立っていたイーリス=ド=メディシスだった。
「おはよう、マドモワゼル」ドクトゥールがにっこりとしながら声をかけ、かの女に近づいた。
「ドクトゥール! もう歩いて大丈夫なんですか?」イーリスは目を丸くした。
「ごらんの通りだ」ドクトゥールはほほえんだ。「ところで、お母さまは?」
 イーリスは目を伏せた。「あいかわらず、よくありません。これから、もう一度病院に行こうと思っています」
「学校は?」リオネルが訊ねた。
「今日は、6月1日だ」ダルベールがリオネルに言った。そして、こう言い換えた。「今日は、ミュラーユリュードの祝日だよ」
『・・・あ、学校は休みなんですね?』リオネルはダルベールに目で問いかけた。ダルベールは黙ってうなずいた。
「・・・あの・・・サンディは?」イーリスはまだ伏し目がちに訊ねた。
「もう、彼に会うことはできませんよ」ダルベールが答えた。
 それを聞くと、イーリスは真っ青になり、倒れかけた。かの女の手から花束が落ちた。リオネルはとっさにかの女に駆け寄り、倒れるのを防いだ。
 ダルベールはすまなそうに言った。「ごめんなさい! 言い方を間違えたようです」
 彼は優しく言った。「あなたは知らなかったんですね。彼は、もう、ここにはいないんです。さっき、シャルパンティエ夫人が、彼を自宅に連れて帰ってしまったんですよ」
「ここにいないんですって?」イーリスはふるえる声で繰り返した。
 ダルベールは、早朝のできごとをイーリスに説明した。サンディの意識が戻ったことを聞くと、イーリスの表情が明るくなった。そして、ドクトゥールの手を握りしめた。
「ありがとうございます、ドクトゥール。あなたのおかげです」イーリスはうれしそうに言った。
「残念ながら、今度の件は、わたしの手柄じゃないよ」ドクトゥールが言った。「誰かに感謝したいなら、神さまにお礼を言うといい」
 イーリスの目にうれし涙が浮かんでいた。かの女はうなずき、それからその場にいた全員に頭を下げた。
「今まで、どうもありがとうございました。わたし、これから、彼のところに行きます」
 その表情を見て、ダルベールは優しくほほえんだ。「今日のあなたは、まるでサンディの奥さんみたいだな」
 かの女は急に真っ赤になった。「まあ、ドクトゥール=ダルベールの意地悪!」
 ダルベールは声を出して笑った。そして、あ然としているイーリスを残し、その場から去った。
「さあ、あなたも帰りなさい」ドクトゥールが言った。そして、彼はかの女を玄関で見送った。
「・・・ドクトゥール、ドクトゥール=マルローからお電話です」マクシミリアン=シュミットが声をかけた。
 ドクトゥールは振り返った。「わかった」
 そして、彼は電話口に向かった。
 その電話が終わった直後、もう一度電話が鳴った。ドクトゥールは、その電話を取った。
「・・・そうですか。わかりました。わたしがそちらに行ってもご迷惑でしょうから、わたしは、まっすぐ屋敷に向かうことにします。ありがとうございました」そう言い、ドクトゥールは電話を置いた。
 ダルベールは、彼の背後に立っていた。そして、その顔色を見て、訊ねた。「・・・シャルロットさまに、何か?」
 ドクトゥールは、むしろダルベールの顔色の方に驚いた。ダルベールは、動揺しきった真っ青な顔で彼を見つめていたのである。
「かの女のことは、何も心配はいらない。ブリューノがよくやってくれているよ」ドクトゥールは優しい声で言った。「意識も戻り、今日からは普通に食事をしているそうだ。ヴァイオリンの練習をしたいといって、医者たちを困らせているそうだ」
 ダルベールの顔に赤みが戻ってきた。彼は明らかにほっとした表情を浮かべていた。
「リオネル」ドクトゥールはダルベールの後ろにいたリオネル=デルカッセに声をかけた。「一緒について来てもらえないか? ラ=メーゾン=ブランシュで不幸があった。これから、イーリスを追いかけ、一緒に車で屋敷に行こうと思うんだ。シュミットくん、車の用意を頼む」
 執事は黙ってうなずき、その場を去った。
「・・・そんなわけで、ミーティングはきみにお願いするよ、アンブロワーズ」ドクトゥールが言った。「お昼までにはいったん戻ってくる。あとは頼む」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ