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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第53章

第935回

 6月7日日曜日の朝、シャルロットはグルノーブルから駆けつけてきたサヴェルネ夫人と一緒に公園を散歩していた。外出を許されたシャルロットは、サヴェルネ夫人と一緒に教会に行き、その帰り道、ヴァイオリンの音を出しても良さそうな場所を探していた。サヴェルネ夫人は、シャルロットが倒れたという知らせを受け取ったあと、夫を一人残してマルセイユにやってきた。かの女はこの日の夕方、グルノーブルに帰る予定になっていた。シャルロットの容態も安定してきたので、とりあえず先に帰宅することにしたのである。シャルロット自身は、ミュラーユリュードでコンサートを行ったあと帰宅することにした。
 シャルロットは、車椅子に乗っていた。外出する際、ドクトゥール=マルローはかの女に少年の格好をさせた。車椅子に少女では無防備な気がする、と彼は考えたのである。本来なら、付き添いにサヴェルネ夫人一人というのも望ましくはない、と彼は思っていたが、「マルセイユは都会です。しかも、真昼に犯罪に巻き込まれる可能性は低いわ」と言い張るサヴェルネ夫人の剣幕におされ、彼はそれ以上のことは言い出せなかったのである。
 さて、かの女は木陰のベンチを見つけ、サヴェルネ夫人をそこに座らせると、自分は調弦を始めた。
 しばらくして、二人は、自分たちの方に一人の男性がやってくるのに目をとめた。シャルロットは思わずヴァイオリンを肩からはずし、心なしか不安そうにサヴェルネ夫人の方を見た。
 サヴェルネ夫人も見知らぬ男性に警戒するようなまなざしを向けていた。
「こんにちは。美しい音色ですね」男性はかの女たちに声をかけた。「それは、コンチェルトですよね・・・?」
 シャルロットは黙ったまま不安そうな顔をしながらうなずき、サヴェルネ夫人の方を見た。
 サヴェルネ夫人は、シャルロットをかばうようにそばに寄った。
「・・・コラン=ブルームの」そんな二人の様子を見た彼の声はだんだん小さくなっていた。
 シャルロットは、男性の方に目を移した。この曲がコラン=ブルームのコンチェルトだということがわかるのなら、この人は音楽に詳しい人間だ。かの女はほんの少し警戒を解いた。そして、かの女はもう一度うなずいた。
「わたしの名前は、エドゥワール=リーです。マルセイユのルイ=ル=グラン校の教師をしています」男は自己紹介した。
「ルイ=ル=グラン校?」サヴェルネ夫人は首をかしげた。
 シャルロットは、その名前を聞くのは初めてではないことに気づいた。そこには、サント=ヴェロニック校に匹敵するような学生オーケストラがある。かなり歴史のあるオーケストラだったはずだ。
「今日の午後、うちの学校のオーケストラが、チャリティ=コンサートを行う予定なんです」彼は続けた。「ところが、ソリストに予定していたヴァイオリニストが、列車の遅れで、コンサートには間に合わないという連絡が入ったんです・・・」
「まあ、なんということでしょう!」サヴェルネ夫人が言った。
「そこで、あなたの息子さんに、ソリストの代わりを務めていただけないかと」リー氏は、シャルロットがサヴェルネ夫人の息子だと疑っていないようだった。
「なんですって?」サヴェルネ夫人はびっくりした。かの女は、リー氏がシャルロットを自分の子どもだと思いこんでいることに驚いたのではなかった。かの女が驚いたのは、突然の提案の内容の方だった。「いいえ、まさか、そんなこと!」
 リー氏はシャルロットの方を向いた。そして、かの女が驚いている理由を想像した。
「・・・ああ、わたしの真意を誤解していらっしゃるんですね?」リー氏は真剣な表情をした。「彼のヴァイオリンの音が耳に入ったとき、わたしは、まさか彼が・・・こんな状態だとは思いませんでした。あなたは、息子さんを人前に出したくないとお思いなんでしょうね。ですが、あなたは間違っていらっしゃる。彼の演奏を耳にしたら、観客は、彼がどんな椅子に座っているかなんてたちどころに忘れ去るはずです。こんな宝物を隠しておくなんて、犯罪行為だとは思いませんか?」
 サヴェルネ夫人は、まだ言い返す言葉が見つからないようだった。かの女は、この話を断わろうと考えていたのである。そして、適当ないいわけがないものかと思っていたのだった。まさか、夫が反対しているというわけにはいかない。かの女が反対しているのは、まさにそれが理由だったのだ。
「・・・彼をそっとしておいてあげていただけませんか?」サヴェルネ夫人はやっと口を開いた。「こんな状態でステージに出すなんて、見せ物みたいじゃないですか」
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