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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第53章

第943回

「しかし、わたしには、何だかわかるような気がする」リュミエール教授が言った。「・・・フランク先生という人は、自分のキャリアを犠牲にしてでも弟子たちの援助をすることに喜びを見いだしているような人だった」
 シャルロットはうなずいた。フランク氏の弟子は、彼に対してそういう評価をする。これに類する言葉を、これまで何人の口から聞いたことだろう。
「わたしたち---ウワディスワフ=スタニスワフスキー、ジョゼフ=サヴェルネ、ヴァレリアン=ブルマイスターとわたし---は、フランク先生のベルギー時代の居候4人組と言われていた。フランク先生の門下であると同時に、ヴュータン・ヴィエニャフスキー両教授の門下だった。わたしが一番年上で、ヴァレリアンとジョゼフが確か同じ年だった。そして、ウワデクが一番年下だった。だから、ウワデクは、ヴュータン先生の弟子ではない。先生が交代した年にベルギーに来た彼は、初めからヴィエニャフスキー門下に入ったから」リュミエールは何かを思い出すように話した。「ヴァレリアンはお調子者だったから、友人がとても多かった。明るくて才能があったウワデクは、みんなからかわいがられた。しかし、ジョゼフは、当時からおとなしい少年で、孤独を好む傾向があった。ウワデクだけが、彼の心の中にはいることができたんだ。二人の関係は、友人同士というより、兄弟のように見えた。しかも、ウワデクが兄のようだった。不思議な二人組だった・・・」
 シャルロットは黙って話を聞いていた。
「ウワデクが・・・あんなことになったあと」リュミエールは言葉を選んで話した。「フランク先生は、パリを離れることに決めた。そのとき、サヴェルネは、フランク先生にグルノーブルに来るようにと誘ったそうだ。グルノーブル市民オーケストラのコンサートマスターの空席があることを彼に教え、オーディションを受けられるように推薦状を書いた。当時、すでに、弟子のサヴェルネの方が有名になっていたからね。フランク先生は、弟子の厚意を素直に受け入れ---彼は、そういう人だからね---グルノーブルに居を構えた。しかし、サヴェルネの生活ぶりは、その後も謎に満ちたものだった。フランク先生がグルノーブルに行ってからは、わたしもサヴェルネと時々会うようになった---おかげで、<クラコヴィアクのブローニャ>なる少女の噂を聞くこともできたがね---が、彼の方からわたしを訪ねてくることは一度もなかった」
 そう言い、彼は首をかしげた。
「たしかに、あなたは、ウワデクには似ていない」リュミエールが言った。「わたしがそう思うくらいだから、彼の親友のサヴェルネは、それをよく自覚しているはずだ。だが、彼は、あなたを一目見たときから自分の弟子にしたいと思った。昨日の演奏を聞いて、わたしにもわかった」
 彼はかの女の手を取った。「わたしが先にあなたに会っていたら、彼と同じ提案をしたのはわたしの方だったはずだ。わたしは、あなたにフランスに出てくるように勧めたはずだし、あなたを下宿させ、個人的にレッスンをしたはずだ。あなたは、特別な人間だ」
 そして、彼はその手をはなし、ため息をついた。「彼より先に、あなたに会いたかった。もしかしたら、そうなっていたかもしれないのに・・・」
 シャルロットは彼から離れることができないので、手を後ろに隠した。「わたし、特別な人間になんてなりたくありません!」
「なりたくなくても、あなたは特別な才能を持った人間なんだよ」彼は優しくそう言った。「・・・まさか、あなたは、ヴァイオリニストではなく、ピアニストになろうとしているの?」
「いいえ。ですが、ヴァイオリニストになるつもりもありません」
「まさか! あのジョゼフが、そんなことを許すとは思えない」彼は驚いて叫んだ。
「・・・やはり、そう思いますか?」シャルロットの顔がくもった。「わたしもそう思います。だから、わたしは、それを言い出せずにいるのです」
 彼の表情もくもった。「わたしが彼だとしても、同じことを言うはずだ。音楽をやめてはいけない、決して」
 シャルロットはゆっくり首を振った。
 リュミエールは立ち上がり、こう言った。「さようなら、シャルロット。これだけは忘れないで欲しい。あなたは、ザレスキー一族だ。たとえあなたが音楽を捨てようとしても、音楽の方はあなたを捨てるはずがない、ということを・・・」
 シャルロットは彼に握手をして、その場を去った。
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