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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第53章

第950回

「・・・やはり、そうだったんですね?」スティーヴンは、返事を察してつぶやいた。
「ああ・・・。部屋は爆風で壊れ、中にいた人たちは怪我をした。だが、亡くなったのはベルンハルト一人だけだ」ドクトゥールが言った。
 スティーヴンは目を閉じ、祈っているようだった。
「事件は、2年前から始まっていた。きみたちがあの薬品を、グリセリンだとは気づかないまま部屋に持ち込むはるか以前から事件は始まっていたのだ」ドクトゥールが言った。「爆発事故が起きたのは単なる偶然だったが、そうなる危険性は以前からあったのだ」
 スティーヴンは目を開けた。
「2年前、ある青年は、心臓病の友人を救う目的で、不正に薬品を購入した」ドクトゥールが言った。「薬品係をしていた一人の若者は、その不正に気づいた。しかし、青年の上司に頼まれ、犯罪に加担した。こうして、不正は二年間続いた」
 そして、ドクトゥールは、スティーヴンに三人の名前を告げた。
 スティーヴンは目を丸くしていたが、何も言わなかった。
「今回グリセリンを不正に買ったときも、ほかのラベルを付けた容器に薬品を入れていた。きみたちは、間違ってあれを実験に使用した。そして、最悪の結果になってしまったのだ」ドクトゥールが言った。「ベルンハルトにとって、このような死に方は、はたして本望だったのだろうか?」
 スティーヴンは口を開いた。「彼は、きっと後悔していないはずです。好きなことをしながら死んだのですから」
「彼の両親もそう言った。そう信じられれば、苦しみは少しは楽になるだろうが・・・」ドクトゥールが言った。「だからといって、自分の子どもの死に、冷静に向き合える親はいない。わたしだって・・・もし、きみを失っていたらと思うと・・・!」
「ぼくは、後悔しませんでした」スティーヴンが言った。「それで、あなたが助かったのならば」
「わたしをかばって死ぬなんて、そんなことは許さない!」ドクトゥールは強い口調で言った。「子どもが親をかばうなんて、許されることじゃない。親は、子どものために死ねるものだ。だが、子どもは親のために死んではいけないのだ」
「なぜですか?」スティーヴンは弱々しい口調であったが、言い返さずにはいられないと言った様子で口を出した。
「それが自然の摂理だからだ」ドクトゥールはそう言った。「生き物はすべて、子孫を残すために存在する。逆はあり得ない」
「しかし、人間は、愛する人のために死ねる唯一の生き物です」
 ドクトゥールは、目を閉じた。彼が考えたのは、自分の父親のことだった。彼はしばらく黙っていた。それから、静かな口調でこう話し始めた。
「人間は、見知らぬひとのためにさえ命を差し出すことができる唯一の生き物だ」ドクトゥールはそう言った。
 スティーヴンは目を見開いた。
「わたしの父は、見ず知らずの女性が投身自殺をしようとしているのを止めるため、命を失った」ドクトゥールが言った。そして、小さなため息をつき、一言続けた。「・・・その女性は、後に、わたしの妻となった」
 スティーヴンは何も言わなかった。
 ドクトゥールも、彼から何らかの返事をもらおうとは思っていなかった。やがて、彼はつぶやいた。
「・・・もし、誰かが自分のために死んだとしたら、生き残った人にとって、人生は重い十字架になる」
 スティーヴンはようやく口を開いた。
「・・・どんな人にも、命は一つしかありません。しかし、生き残った人にとって、命は二つになります。死んだ人が一緒に生き続けているからです。ぼくは、いつまでもあなたと一緒にいられるなら、それでよかったのです」
 ドクトゥールは小さくため息をついた。
「・・・なるほど、きみは、間違いなくあのクリスティーの息子だ」
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