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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第54章

第956回

 オーギュストとヴィルフレードがラ=メーゾン=ブランシュに戻ったとき、ステージの上では<ドニ=フェリー=カルテット>の4人が練習しているところだった。そのほかの人たちは、練習風景を見ている人あり、チューニングをしている人あり、散歩している人あり・・・各自が好きなことをしていた。二人が抜け出したことに気づいている人はほとんどいないように見えた。
 ステージの上には、椅子が4つしか出ていなかった。つまり、彼らの練習が一番最初だということだ。そして、ステージのすぐ下にはクラウディウス=シャイデマンが、まるで自分の子どもを心配する親のような態度で歩きながら彼らの演奏を聞いていた。もちろん、その手には楽譜が握られていた。彼は、最後の最後まで自分の楽譜の訂正に余念がなかった。そのため、アンソニー=クラウスがミスをするたびに演奏を止め、パート譜の転記ミスか彼の間違いかをチェックするためステージに駆け上がっていた。
 何度かその動作を繰り返したあと、クラウディウスは彼らに言った。「ゆっくりでもいい。ミスをしないで一度通してくれないか?」そして、アンソニー=クラウスをにらみつけ、ステージから降りた。
 ドニ=フェリー=カルテットは、サント=ヴェロニック校最高のプレイヤーの集団だったが、それだけに一人一人の個性が強すぎるという欠点をも備えていた。4人のうち一番ミスが多いのはアンソニー=クラウスだった。サント=ヴェロニック賞コンクールで彼が上位の成績を取れなかったのは、ミスが多いためだとも言われているくらいだ(ちなみに、選曲ミスだろうというのがもっぱらの評判だが)。
 クラウディウスは近くにあった椅子に座り、楽譜を開いた。右手に鉛筆を握り、気になるところに書き込みを入れていた。何度かチェックを繰り返していたため、音楽はほぼ完璧なはずだった。クラウディウスの音楽は、いかにもドイツ人が作った曲という評判だった。彼の音楽の一番の特徴は、ハーモニーが充実していることだ。そして、転調の仕方と音楽の組み立て方に工夫の跡が見られた。ただし、彼の師のアルマン=リヴィエールだけは、『このフーガには、緻密さが欠けている』とさんざんな評価を下していたが。クラウディウス自身も、今回の自分の音楽には納得しているとは言えず、何度も何度も手を加えてきた。演奏会の前日であるこの日でさえ、チェックに余念がなかった。それでも、口の悪いイジドール=アルノーなどは、『彼のフーガはやたら長いだけだ』と公言していたが。
 二人は、いらいらして楽譜に顔を埋めんばかりにして書き込みを続けているクラウディウスのそばに行った。そして、オーギュストは彼の耳元でささやいた。
「ここ」オーギュストはある小節を指さした。「バスの音は、ミにしたほうがいいんじゃないか・・・?」
 クラウディウスは顔を上げた。
「・・・あいつが弾いた通りに」そう言って、彼はくすくす笑った。
「ふん!」クラウディウスは鼻で笑った。「・・・それより、きみたち、どこへ行っていたんだ?」
「あ、ばれてたか?」オーギュストはうれしそうに言った。「実は、密かにある女性と会っていた」
 クラウディウスは顔をしかめた。「二人でか?」
 そして、彼はステージの演奏を止めた。「ごめんね。ちょっと4人だけで練習していてくれる?」
 演奏を止めた4人はにやりとしてうなずいた。
 クラウディウスは、二人を見つめた。「ある女性って、誰のことだ?」
 二人はにやにやしながらクラウディウスを見た。
「・・・きみたちには、あの女性しか眼中にないと思っていたのだが」クラウディウスが言った。そして、考え込む様子を見せたが、いきなり振り返って叫んだ。「チャールズ=リチャード=アンソニー=クラウス!」
 カルテットの4人は演奏を終え、笑い出した。彼らは大胆にも、クラウディウスの337小節からなる<大フーガ>を34小節に縮めて演奏したのである。そんな編曲ができるのは、アンソニー=クラウスしかいない。
 オーギュストとヴィルフレードも笑い出した。作曲家本人の前でこんな悪ふざけができるのは、学校中を探してもこの4人しかいないだろう。
 クラウディウスは、苦い顔をしてステージに戻っていた。「きみだろう、こんなことを考えるのは? きみがそんなことをしてくれなくたって、ぼくの曲が長すぎることはよくわかっているよ」
「長すぎる? そんなことはないよ」アンソニーは間延びした言い方で遮った。「もっと長くできるはずだ。たとえば、65小節のあとに23小節目を演奏することも、113小節のあとで23小節目か65小節目、あるいはその両方を付け足すことができる。それから、130小節目のあとで・・・」
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