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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第54章

第964回

 シャルロットは、カーテンの隙間から入ってくる日差しで目を覚まし、自分がいつの間にか眠っていたことに気づいた。かの女がかすかに身動きしたのを感じ、ドクトゥール=ダルベールはほとんど音声にならないようにかすかにささやいた。
「・・・お疲れになっていたんでしょう?」
 シャルロットはドクトゥール=ダルベールにもたれるようにして眠っていたのに気づき、車椅子の上で体をまっすぐにした。かの女の顔は真っ赤になっていた。
「カーテンを開けましょうか?」ドクトゥール=ダルベールは、誰にともなくつぶやき、立ちあがった。
 ドクトゥール=ダルベールがカーテンを開けるのを合図にしたかのように、何人かが身動きした。
 そして、その部屋から一人去り、二人去り・・・やがて、そこに残っているのは10人未満にまで減った。
「コンサートは、午後からだったよね?」ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーがシャルロットに声をかけた。「9時に起こすから、少し横になりなさい」
 シャルロットは素直にうなずいた。
「アンブロワーズ、かの女が横になるのを手伝ってもらえるかな?」彼はドクトゥール=ダルベールに言った。「それから、9時になったらベッドから起きるのを手伝って欲しい。それから、すまないが、今日一日、外出中、できるだけそばにいてやって欲しいんだ」
「はい、ドクトゥール」ダルベールはうれしそうに答えた。
 そして、彼はシャルロットの車椅子を押して部屋から出て行った。
「それでは、わたしもいったん失礼するよ」ドクトゥールも中にいる人たちに頭を下げてから、彼らの後に続いた。
 ミューズ=ジョベールは、その晩、一睡もしなかった。ただし、かの女は兄のことばかりを見ていたわけではなかった。かの女の意識のどこかは冷めていて、研究所の人たちを観察する余裕があった。かの女は、自分が観察していることを気づかれないようにして主にロジェを見ていた。昨日、彼がどうしてあんなことを口走ったのかを考えていたのである。いや、彼がそれを口にした動機はかの女なりにわかっているつもりだ。だが、その理由がわからない。彼がかの女の気持ちに気づいているという確信はなかった。ただ、彼の気持ちが自分にはないことは知っていた。たとえ誰であっても、その気持ちにこたえることができないという遠回しな返事は、彼の作品から読み取っている。
 そして、かの女はついにわかったのである。彼が愛しているのは、あの車椅子の女の子だということが。彼は、何度かあの少女の方に目をやった。その切ないまなざしを見ていると、かの女まで切ない気持ちになる。報われない恋なら、かの女自身にもよくわかる。かの女自身が同じ思いをしているから。
「・・・あなたが愛しているのは、かの女だったのね」ミューズが突然口を開いた。
 ロジェは驚いてドアから視線を引き離し、振り返った。
 リオネルはぎくっとしたように二人をかわるがわる見つめていた。
 ロジェは、ミューズが発した言葉が疑問文ではないことに気づいていた。だから彼は返事をしなかった。
「かの女を見るときのあなたの目つきを見ていて、気がついたのよ」ミューズが続けた。「ガルディアン=ド=マルティーヌの小説の主人公は、いつも報われない恋をしている。それは、あなたがそうだから。あなたが幸せではないから、あなたの主人公も幸せにはなれない」
 ロジェはそれでも何も言わなかった。
「そうね、彼らを見ていると、あなたの気持ちも理解できるわ。彼らは本気で愛し合っているんですもの」
 ロジェは驚いたようにミューズを見つめた。リオネルも眉を動かしたが、何も言わずにロジェの方を見た。
「・・・彼ら?」ロジェはついに口を開いた。「彼らって誰のことだ?」
「とぼけるのもいいかげんにして!」ミューズは強い口調で言った。「あなたがわたしにプロポーズしようとしたのは、そのためなんでしょう? でもね、わたしは、かの女のかわりになるつもりなんかないわ! ひどい人。あなたって、最低の男だわ、ガルディ!」
 そう言うと、ミューズは部屋を飛び出していった。
 ロジェは、リオネルの方を見た。リオネルは青ざめてドアの方をみつめていた。
「どういうことかわかるか、リヴィエール?」
 リオネルは、さっき目にしたものを思い出していたのである。疲れ切った様子を見せまいとしながらも眠気に負けた少女と、かの女が少しでも楽になるように肩を貸していた赤毛の青年。そのときの思いやりに満ちた優しい表情は、愛する女性を見つめている男性のものだ。ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーが言った通りだった。どうして今までそれに気づかなかったのだろう?
 ドクトゥール=ダルベールは、シャルロットを愛している。
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