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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第54章

第967回

 ド=グーロワールは口をはさんだ。「死ぬ間際に何を思ったのか、本当のところはパトリック自身にしかわからないよ。だけど、一つだけ間違いないことがある。彼は、死ぬ間際に、自分の人生が不幸だったと嘆く気持ちだけはなかった」
「わたしもそう思うわ」フロランスが言った。「むしろ、彼くらい幸せな人はいなかったんじゃないかしら。少なくても、彼は、死ぬ間際にすてきな夢を見ていたわ・・・」
「プティタンジュの証言だね?」ギュンターが言った。「ぼくは、かの女が嘘をついたとは思わないが、彼が芝居をしていなかったと言い切れるか?」
「人間、死ぬ間際には、自分に正直になれると言うわ。もっとも、まだいちども死んだことがないから、本当のところはよくわからないけど」
 その言葉を聞くと、ド=グーロワールはにやりとした。しかし、ほかの少年たちは当惑したようにかの女を見つめた。
 フロランスは、そう言うと、くるりと身を翻すようにその場から去っていった。かの女は、最初にステージに上がるので、準備をしなければならないと思い至ったのであった。
 その場にいた人たちは、黙ってかの女を見送った。
「・・・モマン=ミュジコー」ややあって、リュシアンが訊ねた。「かの女、最近、変わったと思いませんか?」
「なんというか、大人になったように見えるね」ド=グーロワールは当たり障りのない表現で答えた。
「かの女は、妹のショップが音楽を捨てて出て行ったショックから、まだ立ち直っていないんです」リュシアンが言った。「このままじゃ、かの女自身も出て行ってしまうような気がするんです」
「それは、考えすぎだよ」ギュンターが言った。「ショップはともかくとして、かの女に音楽が捨てられるとは思えない。なんといっても、かの女はフロランス=クールゾン、あのアレキサンダー=カーソンの娘だ」
「・・・でも、ショップだって、カーソンの娘だけど・・・」リュシアンがつぶやいた。
「しかし、ドリーは、ピアニストとしてのキャリアの持ち主だ。ショップとは違うよ」ギュンターが言った。
「心配するよりも、かの女に直接聞いてみたら?」ド=グーロワールが現実的な意見を述べた。
 リュシアンはため息をついた。「いつか、かの女はこんなことを言ったことがある。『ショップは、去年、家出をする直前に、音楽は傷ついた人をなおすことはできないって言ったわ。最近、わたしもそう思うようになったの』って」
「ショップは、スイスの看護学校に行っているんだったよね?」ド=グーロワールが言った。
「ええ」リュシアンが答えた。「そして、ドリーもそうしようと思っているのではと思うと・・・」
 そう言うと、リュシアンは苦しそうに顔をゆがめた。
「どうして、そうしてはいけないの?」ギュンターが訊ねた。「かの女には、才能があるから?」
 リュシアンは首を横に振った。「違う。音楽家なら、危険なところに行くことはないが、看護師だったら・・・」
 彼は声をつまらせ、そのまま黙った。
 ギュンターは青ざめた。彼には、リュシアンが言いたいことがわかった。それで、彼はド=グーロワールに向かってリュシアンの結論を述べた。
「もし、戦争になったら、かの女は従軍看護師として戦場に行くことになるだろう。かの女を、そんな危険な目に遭わせたくはない・・・」ギュンターが言った。「・・・そういうことだよね?」
 リュシアンはうなずいた。
 ド=グーロワールは、それを聞くと苦い顔をした。「きみたちまで、そんなことを・・・」
 そう言うと、彼も勝手に話を打ち切って、ステージに背を向けて歩き出した。
 リュシアンとギュンターは、彼を見送った。
 それから、二人は、ピアノの位置の最終チェックに取りかかった。
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