FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第54章

第970回

 ドクトゥール=ダルベールは、無理にほほえんだ。「さあ、準備をしなくては。あなたは、とびっきりすてきな笑顔でステージに出なくちゃならないんです。あたたかいタオルを準備させましょうか?」
 シャルロットは彼をにらみつけた。「話題を変えようなんて、ずるいわ」
「さあ、前を向いて」ドクトゥール=ダルベールが言った。「本番前に車椅子から落として怪我をさせたくありませんからね」
 シャルロットは仕方なく前を向いた。「覚えてらっしゃい。絶対に仕返ししてあげるわ、ドクトゥール=ダルベール」
 かの女の後ろで、彼がくすくす笑う声がした。「どうか、お手柔らかに」
 シャルロットはむっとして黙り込んだ。しかし、それっきり彼のことは頭から離れた。かの女は、無意識にネックレスの先につけられた指輪を握りしめていた。
『じゃ、まだぼくを愛していてくれるのかい?』
《もちろんよ、ドンニィ。わたしは、これまで、あなた以外の人を愛したことなんかなかった。あなただって、それをよく知っているはずだわ》かの女は、そう言いたかった。しかし、涙が邪魔をして、言いたいことの半分も言うことができなかった。いったいどう返事したか、よく覚えていない。でも、愛しているという気持ちは伝えられたと思う・・・。
『<ある日、よそからやってきた若者>のほうにきみの心が向いてしまうとは、ぼくは思わない。たとえ、その若者の名がヴィトールド=ザレスキーであったとしても・・・』
 シャルロットは、コルネリウスの言葉を思い出していた。
 なぜ、ヴィトールド=ザレスキーなの? これまで、かの女に恋心を表明した少年たちの中には、彼は含まれてはいなかった。それなのに、コルネリウスも、ノルベール=ジラールも、なぜかヴィトールド=ザレスキーの名をほのめかす。いったいどういうわけなの?
 シャルロットの頭の中で、数々の疑問が渦巻いていた。しかし、納得のできる解答がどうしても思い浮かばない。
「・・・さあ、部屋につきましたよ。では、ぼくは、時間まで外にいます」ドクトゥール=ダルベールは真面目な顔で言った。「レディの着替えにはつきあえませんからね」
 シャルロットは真っ赤になった。
「本当にタオルはいりませんか?」
「大丈夫よ、ドクトゥール=ダルベール」シャルロットが答えた。
 彼は小さな声でささやいた。「・・・確かに、きみはとても美しい。この世の誰よりも・・・」
 そう言うと、彼はドアを開け、シャルロットを中に入れた。
 シャルロットはドアを閉める前に、ドクトゥール=ダルベールに言った。「その言葉は、本当に好きなひとのために取っておくことね、ドクトゥール=ダルベール。誰にでもそう言ってたら、浮気者だと思われるわよ」
「それは、手厳しい」ドクトゥール=ダルベールはにっこり笑い、ドアを閉めた。
 ドアが閉まったとたん、ドクトゥール=ダルベールの顔から笑みが消えた。彼は、ドアの横の壁にもたれかかった。
《きみは知らないだろうが、ぼくは、誰にでもそんなことを言うわけじゃない。きみにしか言ったことはないんだよ、シュリー》ドクトゥール=ダルベールは心の中でそう言った。《そして、これからも、ほかの誰かにそう言うつもりはない》
 彼はため息をつき、横のドアを見つめた。
《忘れるんだ。もし、そうできるのなら、今日を限りにこの思いを忘れてしまうんだ》彼は考え続けた。《そうすることが、みんなのためなのだ。自分は、すでに見ず知らずの人を一人傷つけてしまった。こんなことをしていたら、また誰かを死なせることになるかも知れない。取り返しがつかなくなる前に、すべてを忘れてしまわなくては・・・》
 忘れることが可能だろうか? あのブルーの目に見つめられたら、また同じことをしてしまうのではないだろうか?
 いつの間にか、目の前がすっかりかすんでいた。ドアが開いたことに、彼は気づかなかった。
「ドクトゥール=ダルベール・・・?」シャルロットは驚いたように声をかけた。「なぜ泣いているの?」
 彼ははっとして目をこすった。そして、心配そうに見上げているブルーの目を見つめるという過ちを犯した。
「・・・まさか、わたしがあんなことを言ったから・・・じゃないわよね?」シャルロットは心配そうに彼を見上げた。
「さあ、行きましょう。世界で一番・・・」そう言いかけて、彼はほほえんだ。「・・・ではなく、世界で二番目にすてきなお嬢さん」
 シャルロットの顔が輝いた。「ええ、世界で二番目にすてきな博士さん」
 そして、彼はかの女の後ろに立ち、車椅子を押し始めた。
 ああ、このほほえみが見られるのなら、何をさしだしてもいい。ぼくは、一生かの女を諦めることはできないだろう。そして、一生かの女を見守っていたい、こうやって・・・ずっと・・・。
 彼はこうしているだけで幸せだった。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ